第3話 天地 (後半)

 下の階に行く階段を使い、地下4階の部屋へとたどり着く。

 時刻はわからない。恐らくもう夜を過ぎ去ってしまったのではないか? そう思い込んでしまうほど、この部屋は隔離されて体内の時間が可笑しくなってしまう。

 才人たちは迷路のような廊下をたどたどしく歩いていく。

 ただ、足取りが重い。

 とりあえずわかっていることは、疲れが体に来ているという事実。

 そして道に迷っているという事実。

「ねえ、絶対迷ってるよね?」

 緋色は不安を隠さずに才人に言う。

「一応進んでいると思うが、どうだろうな……段々自信が無くなってきた。神威、現在地わかるか?」

「僕に振られても困る。残念ながらデータが反応しない。それに魔法の効力も弱まっている」

「早めに神木の居場所に辿り着かないと、こちらの体力が持ちませんね」

「だな」

 才人は頷き、曲がり角にある西の階段をのぼる。

 行き止まりではないことを願う才人達。

「どうやら道は続いているらしいな」

 神威は皮肉のように言い、緋色は溜息をこぼした。

「ここどうなっているのよ! 道はダンジョンみたいになっているし高層ビルの癖に下の階に進んでいるし……本当にここに神木がいるの?」

「ああ。わざわざホログラムで俺たちに会いに来たんだ。僕たちが来ることを待っているんだろう」

「神木ってああいう人だったかしら。とは言っても私もよくわからないけど」

「彼は神武学園の入学式から来ていない」

「その割には私たちの情報を握っているような雰囲気でしたけど」

 雪音が言った。

「彼が独自で調べたのだろう。もしかしたら彼は死霊に操られている可能性もあるかもしれない」

 神威がそう推測した。

「てことは、死霊を取り払えばなんとかなるかもね」

 緋色は楽観的に言った。

「そう簡単に行くといいが……待て」

 神威が全員に呼び止めた。

 一つの光が神威の目を通り過ぎる。

 一つの光は才人の目の前に着地し、間を見計らったかのように、ぼんやりと人の形をした光が目の前に現れる。

 光は徐々に人の形を成形し、才人の前に一人の少女が現れた。

 この天地に向かうよう指示した少女と同じ存在だった。

 だが、その少女の身なりは初見と一緒だったものの、幼い顔は仮面で覆い被せていた。

 なんとなくだが、彼女がきっと本物の少女であると、根拠の無い才人の直感がそう告げていた。

「才人……」

 少女は才人に声をかけた。

「あなたに頼みがあります」

 最初に出会った少女の幼い声より、少々大人びた声調だった。

「俺に頼み……?」

「ええ」

 仮面の少女は頷く。

「兄さんを……止めてください」

 仮面の少女の声が、段々とかすれていく。

 全身に小さい灯の光がふんわりと浮かび上がり、仮面の少女の存在が消えかかっていた。

 だが、少女の存在はまだ残っている。

「わかった」

 才人は頷き、

「わたしたちも協力する。才人だけじゃないんだから」

 緋色はそう言った。

 仮面で素顔を隠しているがために、どんな顔しているかあまり想像できないが、仮面の少女はくすくすと笑って見せた。

「私はじきにこの世から消えるでしょう……ですが、最後にあなた達を神木の……兄さんのところに魔法で送り届けます」

「送るって、どうやって?」

「もし、この人数を魔法で送るとしてもあなたの体がもちません」

 緋色と雪音が不安の声を上げる。

「いえ、大丈夫。やらせてください」

「でも……」

 緋色は心配そうに見つめる。

「本当に大丈夫ですから……それにわたしは……いえ、わたしの兄をお願いしますね」

 仮面の少女はにこりと笑い、両手を前に差し出した。

 巨大な魔法陣が才人たちの周囲を囲い、魔法陣に次々と文字や記号が刻まれていく。

 そして、足元から順に暖かい光が包んでいく。

「転移の魔法か。だが、こんな強力な魔法……使用者の体に負担が掛かるはずだ。今すぐ中止しろ!」

 神威の声が部屋に鳴り響く。

 しかし、仮面の少女は首を横に振った。

「後は任せます」

 そう言って仮面の少女は粒子となり、才人達は光となって消え去っていった。


 才人達は意識を失う間、見知らぬ部屋に立たされていた。

 恐らく地下五階の——神木が居る部屋であろう。

 実に不思議な空間だった。

 中央部を一段高くして空間の広がりを見せる花模様の美しい装飾を施された天井。色ガラスを組み合わせて赤や青、紫などを扱ったカラフルなステンドグラスの壁。そして柱には幼い女性の顔の彫刻が施されていた。

「何なんだ……ここは?」

 神威は天井を見上げる。

 天井の上には何かがぶら下がっていた。

 神威が目を凝らし、ぶら下がっている何かを観察した。

「どうした? 何か見つけたのか?」

「わからん」

 適当に才人に返答し、神威は集中して目を凝らした。

 右手にクマのぬいぐるみ。

 そして黒いドレス。

 神威は大きく目を見開いた。

「あれは……神木の妹なのか!?」

 神木の妹らしき人物が呼吸マスクをつけて天井付近に設けられた窓に十字架のように掲げられていた。

 異様な光景を目の辺りにした神威は、一歩前へ歩いた。

「こんな趣味の悪い事はやめろ! 出てこい、神木!」

 叫ぶ神威。

 その言葉に反応したかのように、協会の奥の扉が開いた。

「まあまあ。落ち着こうよ。神威くん」

 くせ毛をいじりながら登場する神木。もちろん姿は一緒であるが、出会ったときより性格が違う。威圧的というより、若干頼りの無い男を演じているように見える。

 神威にはそう見えた。

「お前の妹は生きているのか?」

 神威は言った。

 だが、神木はすぐさまに溜息をこぼした。

 同時に視線が明後日の方向に向けていた。

「見ればわかるでしょ? もう死んでるよ」

「お前は自分が何をしているのか、わかっているのか!?」

 神威は拳に力を入れて、さらに近づいた。

「落ち着け! 神威」

「そうよ。らしくない」

 才人と緋色が言い、才人は神威の腕を引っ張る。

「離せ!」

「待って待って。そう怒らないでよ。まるで僕が殺したみたいじゃないか。悪意のある心を持った死霊が犯人だよ。まあ……窓に張り付けたのは僕だけどね。助けられなかった戒めみたいなものだよ」

「戒めって……妹さんが可哀想です。言っていました。あなたの妹さんが兄さんを助けてほしいって。だから私達はここに来たのです」

 雪音が言った。

「余計なお節介だな。それ」

「えっ?」

「だから、余計だって言ってるんだ。それに本当に言ったの? 『助けてほしい』じゃなくて『止めてほしい』じゃないの?」

「そ、それは……」

 戸惑う雪音。

「自分の解釈した言葉を人に押し付けるのはよくないよ。でも、まあ君美人だから許してあげるよ」

「ふざけてるの!?」

 緋色は怒りを露わにする。

「ふざけてなんかないよ。いつも僕はこんな感じだ」

 神木はポケットからナイフを取り出し、首元に刃の先端を当てた。

「馬鹿なことをよせ!」

 神威は叫ぶ。

「まあ見ていなよ。そうだ。その前に」

 ナイフを下ろし、神木は才人に視線を移す。

「君はこの島が気に入っているかい?」

 神木の言葉に、才人は頷く。

「僕は知っているよ。君があまり好かれていないこと。それでもこの島のこと気に入ってるか……正直に言いなよ。僕は嫌いだって」

 才人は被りを振った。

「ったく……僕と同じだと思ってたんだけどなあ……まあ、いいか」

 神木は残念そうに表情でナイフを首に当てる。

 そして、一気に擦るように切った。

 途端に辺りから只よらぬ気配を感じる。

「自殺するとか、思ってたしょ? 血は出てるけど、意外と痛くないんだよ。死霊の力が宿ってるからかな? まあこうしないと死霊たちを呼び起せないからね」

 外から流れる黒い魂が、神木の周囲を囲う。

「神木くん、早く離れて! 死霊はあなたが思っている以上に危険な存在なの!」

 雪音は弓を手に、神木の周囲に彷徨う死霊の魂に矢を放つ。

 矢は光を放ち、死霊の魂を浄化させる。

 だが、それは一時的で死霊の魂は消えることは無かった。

「危ないなあ。これでも僕はまだ人間だよ? 矢が刺さったらどうすんのよ。怖いなあまったく」

 神木は柄にもなく驚いた様子を見せつけた。

「仕方ないけど、僕もまだ引くわけにはいかないんでね」

 宙に漂う死霊が神木の体に吸収されていく。

 死霊は神木の体を蝕み、姿を変えた。

「ちょっと! 死霊に取り込まれちゃったじゃない!」

「こうなったら仕方ない。神木を倒すしか方法が無い」

 神威はその場でデータを構築し、バックアップに回る。

「死霊だけを取り除ける方法もあります」

 雪音が弓を構えて、その体制を維持する。

「無理だ。奴はもう人間じゃない。残念ながら始末した方が賢明だろう。それに神木を助けてどうするんだ?」

「ですが、神威さんも言っていたじゃないですか? 奴は人だ。殺しては駄目だってそう言いました」

「……ならどうするっていうんだ!」

 神威は内心苛立ちを感じながら、雪音に強く言った。

「方法ならあるかもしれない」

 才人は剣を地面に突き刺し、魔法陣を呼び出す。

「わたしの力を……才人さんに与えます」

 一瞬だけ少女が光の粒子に塗れて姿を現し、魔法陣を呼び出す才人の目の前に向かった。

 仮面はつけていないが、きっと神木の妹である少女。死霊として現れたのだ。

 だが、普段才人達が知っている死霊とはまた違う存在だった。

 悪意の無い、吹っ切れたような、優しい光が才人の周囲に満ち溢れていた。

 そして妖精と化した少女は才人の周囲を一週しては消え去っていた。

「この力なら助けられるかもしれない。きっと神木の妹が俺に力を与えたのだろう」

「だが、助けてどうする? 奴が事件の」

「関係ない。俺は神木を救う。話はそれからでも遅くない」

「お前が言うなら仕方ない」

 神威は渋々納得した。

「行くぞ!」

 才人は剣を構えて、地を踏む。

「熱い展開だね。僕もヤラレタクナインデネ」

 神木は死霊に取り込まれ、黒い異形の姿に変貌していた。人間離れした見た目に対して、神木の意思は残っていた。

 才人は直進し、黒い異形『イザナギ』の前に立つ。

「カクゴハデキテイルノカ?」

 微かに笑うイザナギに潜む神木。

 神木の意思は残っている——神木は死霊と完全に同化していたのだ。

 イザナギは片手を上に掲げて、死霊の魂を集めた。

「雪音、撃て」

 神威の合図に、雪音は矢を放った。

 光を纏う矢は死霊の魂に直撃するが、イザナギの行動は防げなかった。

「オソカッタナ」

 イザナギは死霊の魂を収束して黒い塊化とした。

 そして黒い塊は雪音に向けて、撃ち放たれた。

 目を見開いた才人は全力で雪音の防衛に当たるため、無心に走る。

 黒い塊は雪音に直進する。

「サヨウナラ」

 黒い塊は雪音の目の前で弾ける。

「わたしのこと、忘れないでよ」

 緋色はレイピアを縦替わりにして防いだ。

「緋色!?」

「大丈夫?」

「はい。お手数かけます」

「……なんか固いわね……才人、こっちは任せなさい」

 弾かれた黒い塊から、大量の死霊が現れる。

「しかし、二人で大丈夫なのか?」

 振り向いた才人はそう言った。

「俺がいる。大丈夫だ」

 神威は手を正面に掲げて、魔法陣を作成した。

 数式が並ばれ、魔法陣から赤い笠を被る死霊が現れ、次々と死霊を消し去っていく。

 空間を利用した斬撃を繰り返し、雪音と緋色の周囲を囲む死霊を一閃する。

「凄い……」

「でも、どうして死霊を扱えるのですか?」

「きっと神木と死霊の相互する力が徐々に薄れている。そして神木の妹の力が僕にも分け与えてくれたようだ」

 赤い笠の死霊は役目を終えて、一瞬にして消え去っていた。

「どうやら僕の力もまだまだのようだ……才人、後は君が頼りだ」

 神威の言葉に、振り返った才人は頷いた。

「アツイキズナッテヤツカ?」

「だといいけどな」

 才人の返答に、イザナギの中にいる神木は予想外の反応に笑って見せた。

「オマエハオレトイッショダ」

「そうか? 俺はあまり似ているとは思わない」

「ソノヒニクレテイルトコロガダ!」

 イザナギは両手を広げる。

 そして黒いオーラを収束して周囲に拡散させた。

 狙いは才人に絞られ、黒い雨によって行動を阻止される。

 ランダムに放たれる黒い雨。

 才人が足を動かすだけもやっとのことだ。狙いはそれだけ正確ということだ。

 硬直状態に陥る才人。

 だが、それは相手も同じだということ。

 イザナギは黒い雨を振らせることに集中している。それ以外の行動はしていないのだ。

つまり、こちらが動ける手口あるとイザナギの行動を封じることができる。

「聞こえますか?」

 雪音の声が脳に伝達される。同時に雪音の脳に才人の思考が流れ込む。

「あなたの考えが少しだけわかります。雨を凌ぐ傘があればいいんですね?」

「ああ。だが、生憎そんな能力は持ち合わせていない」

「私が……私がやってみせます」

 雪音は目蓋を閉じる。

 そして魔法を詠唱するように、両手を重ねて祈りを込めた。

 魔法陣から風を象徴とする精霊が現れる。小さい女体系のまるでファンタジーに出てくるような妖精だ。

「お願いします。才人さんに力を!」

 雪音の呼びかけに応えるように妖精は才人の周囲に泡のようなものに包まれる。

 才人は目を見開いた。

 途端に体が軽く、頑張って宙に浮かぶと考えるとうまくいきそうな感じだ。無論、今大事なのはイザナギを倒すことだ。

 才人は泡のバリアにつつまれながら剣を再び構えて、イザナギの背後に回る。

「終わりだ!!」

 才人は剣を振り下ろした。

 イザナギの体は真っ二つになり、浄化される。

「神木は無事なの?」

 緋色は言った。

「ああ……」

 神木は床に倒れ、見上げる形で才人を見る。

「君たちはこれでヒーローになったつもりかい?」

「…………」

「無視か……」

 神木は気が抜けきっていて、その場で目を閉じていた。

「神木」

 神威が声をかける。

「なんだ。まだ用あるのか?」

「抵抗するなよ?」

「しないしない。そんな力はもうないさ」

 神木は手のひらをひらひらさせて、床に倒れた。

「後は警察が何とかしてくれるだろう。さあ、帰ろう」

 神威は言う。

「でも……いいのですか? このままで?」

「仕方ないさ。俺たちは本来ここにいるべきではないし、何より学生だ。それ色々面倒なことになる」

 雪音の疑問に、才人はこたえた。

「そ、そうですよね」

「じゃあ帰りましょ? 長く居ると本当に面倒になるわよ」

 緋色の言葉に連なって、才人たちは天地を離れた。

 そして、最後に才人は一瞬だけ振り向き、神木を一瞥した。

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空の死霊 ウォズ @martha

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