第6章

 その頃、マリンとダイアンは、光になって、太陽の中にいた。

「ここどこ?」

「ここは太陽の心の中だニャー」

「あれ、ダイアン、今、しゃべった?」

「テレパシーで話しているニャー」

「やった! うれしい」

「おいらもニャー」

「光がまぶしいわ」

 マリンとダイアンは、自分達の姿も見えないほど強く白い光に包まれていた。

「よく来てくれました」

「太陽さん!」

「はい、私は、あなたがたが、太陽と呼ぶものです」

「どうして太陽さんに、ひびが入ったの?」

「地球が苦しんでいるからです」

「みんなが地球さんをいじめているからね」

「そうです」

「あたしが地球をいじめる人を止めます」

「何万年も遠い昔から、人間は傲慢で自然破壊と戦争で地球を痛めつけてきました。それでも地球は我が子人間をゆるしました。しかし、人間は地球をより激しく傷つけました」

「だからシンクホールを作って、人間を懲らしめているのですか?」

「いいえ、それは違います。希望を失った地球は自ら命を絶とうと決めたのです」

「地球が自殺!」

「どうして太陽さんは、地球を止めないの!」

「地球の意志です。止めることはできません。だから私は地球と一緒に死ぬつもりです」

「そんなの駄目よ!」

 マリンは太陽の悲しみと、心の痛みをつよく感じた。

「太陽さんがいなくなると、宇宙がさびしくなるニャー」

「太陽さん、御願い、考え直して! 地球さんを説得して! あなたの子どもが自分で命を絶とうとしているのよ」

 マリンは、心から、ありったけの言葉を発した。責めるつもりはなかった。ただ、太陽に地球に生きてほしいと願った。 

「マリンちゃん、ありがとう。あたしがまちがっていました。あたしは親として、地球を守らねばならなかった」

「地球さんは、きっとお母さんに抱きしめてほしいの」

「わかりました」

 マリンは太陽の光をやわらかく感じた。

「地球を説得してきます」

 太陽の眼差しが優しくなった。

「やった!」

「ヤッタにゃー」

 マリンとダイアンは手を取り合って、ぐるぐる回った。

「マリンちゃん、ダイアン、わたしは地球に愛の光のエネルギーを送ります。これで地球が元気を取り戻してくれるといいのですが」

「お母さんの愛情だから、きっとうまくいくわ」

「ありがとうマリンちゃん」

 太陽にようやく笑顔がもどった。

 ダイアンが尻尾をゆっくりふる。

「これでみんな幸せになれるわ」

 マリンは胸をなでおろす。

「今から大きな太陽フレアを地球に送ります。あなたたちは、この光のじゅうたんに乗って地球に帰るのです」

 二人は太陽が用意した、金色に輝く光のじゅうたんに乗った。

「わぁ、これ最高に気持ちいいニャー。このクッションなら、いつも天国気分でお昼寝ができるニャ」

 ダイアンはふわふわのじゅうたんの上で、横になったり、大の字になったりして、はしゃいだ。

「もう、ダイアン」

 マリンはあきれ顔だ。

「……」

 急に静かになったと思ったら、ダイアンがあおむけになって心地よさそうに眠っている。しかも右の鼻から風船までふくらませていた。

「さあ、あなたも目を閉じて」

 太陽のやわらかな声に導かれ、マリンがうすく目を閉じる。

 まぶしい光に包まれた。

 マリンが心の底におさえこんでいた、不安という黒い塊が風船のように大きく膨らんだ。

「あたしのママや、リカお姉ちゃんの、お父さんやお母さんは、生きていますか?」

 マリンは太陽を振り返り、恐る恐るたずねた。

 もし、もう二度とお母さんに会えないのなら。そう思うと、怖くて、それいじょう聞けなかった。

「安心して、地球に帰ればわかります」

 太陽はニッコリした。

 マリンとダイアンは光のじゅうたんにとけこんだ。


「……」


「マリン! ダイアン!」

 声が遠くに響く。

 うっすら目をあける。

 にいちやん、リカ姉ちゃん、小結くん、親方が、目に飛び込む。

「お兄ちゃん」

 マリンはつぶやく。

 ダイアンはマリンのおなかの上で、心地よさそうにいびきをかいている。

 気がつくと、

「おかえり」

 博士をはじめ天文台のみんなが、手をとりあい大喜びした。

 目覚めたばかりのマリンとダイアンは、頭をなでられ、肩や背中を軽くたたかれた。二人は小さなヒーローになった。

 太陽のひび割れが消えた。同時に地球のシンクホールは止まった。

「我々は助かったのだ。これも全て、マリンちゃんと、君たちのおかげだ」

 博士は子供たちに深く頭を下げた。

「太陽さんのおかげよ」

 マリンは大きく手をふって、ひていした。

「マリン、お母さんに会えた?」

 ハルトが身をのりだした。

「あたしも太陽さんに、お母さんのことや、消えたみんなのこと聞いたよ。そしたら」

「そしたら、何って」

 ハルトや、リカや、オサム君、スタッフ全員が身をのりだした。

「太陽さん、安心してって、にっこりしてたよ」

「やった!」

 天文台にみんなの歓声が響き渡った。

「やはり心や意識が現実を生み出しているのだ」

 博士がつぶやいた。

「みんな生きているにちがいないわ!」

 ハルトに振り向きざま、リカは叫んだ。

「そう思いたいけど」

 ハルトはリカの言葉にうなずけない。

「心という意識が現実を生み出しているのなら、心のもちかたで生も死も決まるのよ。みんな、必ず生きているわ」

 リカはそう言って大きくうなずいた。

「死ぬとは、心や意識がそう思い込むから、死んだ状態、つまり肉体が消滅する」

 博士の言葉は、天と地がひっくりかえるほどハルトには衝撃的だった。

 博士は続けた。

「宇宙創造よりはるかまえに、心という意識が存在していた。その心が、理由は分からないが、宇宙を創造し銀河を、惑星を、生命体を創造したというのだ」

 みんなは、博士の説明に深くうなずいた。

「あたしも、みんなも、今、この世にいる、全ての人や物が、実は心という、意識が創り出したもの。だからお母さんは必ず生きてる!」

 マリンが、ギュ、とハルトの袖をつかんだ。

「マリン、おれだって、そう思いたいよ。でも、あの大穴に落ちたんだよ。みんな生き埋めになって生きちゃいないよ」

 ハルトは妹の前に屈み込んで、拳をにぎりしめた。

「ちがうわ、マリンちゃんが、言いたいのは、人は肉体がなくなっても、心が自分を意識すれば生きかえれると言うことなの」

 リカはマリンと目を合わせ、うなずいた。

「心という意識に生きていることを、思い出させれば、心が肉体を復元することができる。つまり、生き返るということ?」

「ハルト君、すごい、すごい!」

 リカもマリンも手をあげて喜んだ。

「でも、どうやって、それをするかだよな」

 ハルトが博士をふりかえる。博士は腕組みしたまま、ひとこともはっしない。

「マリンちゃんとダイアンに頼めばいいわ」

 リカはそういって、マリンの手をにぎった。

「マリンなら、お母さんの心と話すことが出来る」

 ハルトたちの作戦が決まった。

 ハルト、リカ、マリンとダイアンは、AIサイクルに乗り、猛ダッシュで、彼らの団地があったところに向かった。

「たくさんシンクホールが出来てしまったから、町中の人が、住む家を失ったわ」

「ママにきっと会えるわ。地球のシンクホールは、地球さんの心が創ったものだから、元通りになるよう、お願いしたらいいのよ」

「そっか全てを元通りにするには、人間を創造した地球の心にお願いすれば良いんだ」

「しかしどうやって?」

 ハルトとリカは、マリンとダイアンを振り返る。

 マリンとダイアンは(あたしたちに任せろ)と言わんばかりに、大きな黒目を輝かせた。

「この自転車も、心でつながっているのかな」

「きっとそうよ」

 AIサイクルは、まるで子供たちの気持ちを察するように加速し、クレーターと化した、大地を突き進んだ。

「校舎も校庭も、ぼろぼろね」

 小学校の敷地は荒れ果て、グラウンドには、校舎の崩れた外壁の残骸や、アメのように捻れた、鉄の棒がいくつも突き刺さっていた。

「ここよ」

 マリンが何かを感じ、自転車を停止した。それから地面に足を着けると、みんなも後に続いた。

「地球さんの心臓の鼓動が聞こえる」

 マリンは四つん這いになって、右の耳を大地に押しつけた。

「ありがとう」

 マリンは地面を抱きしめるように、両腕を大きく広げ、大地にうつ伏せた。

 すると地面が細かく震え、地球はゆっくり鼓動した。

「もう大丈夫! みんな生きているのよ!」

 マリンは立ち上がり、姿が見えない目の前の多くの人たちに、顔中を口にして叫んだ。

 しばらくすると、ホタルのような、繊細な光の粒子が舞いはじめ、瞬く間にグラウンドをうめつくした。

「ハルト、マリン」

 優しい声がした。

 光の粒子が集まり、人の姿が現れた。

「ママ!」

 ハルトとマリンは、お母さんの腰に抱きついて涙を流した。

 そのそばで、光りの中から次々と消えた人たちの姿が現れた。

                                    


                                    了

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

太陽の鼓動 あきちか @akichica

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ