「アラサー田中の伝説」3DS
庭花爾 華々
第1話 冒険は、店内だけでも完結できる。by店員A
「田中は、伝説の剣を手に入れた!」
某リサイクルショップに、店員Aのバカっぽい声が響いた。
「いや、『手に入れた』って、あんたが買わせたんでしょうが!」
店員Aは、聞こえなかったかのように続ける。
「ゴマ~ダレ~!」
「急に何っスか。」
店員Aは、なぜか照れるようなそぶりを見せて、
「いや、『店員Aの伝説』のBGMですよ、ほらあったでしょ。」
と、自慢げに言う。
「いやいや、俺が勇者でしょ? 何ですか、『店員Aの伝説』って。」
「勘違いしないでくださいよー。あなたがリンク、僕がゼルダ役ですから。『ゼルダの伝説』も、冒険するのはゼルダじゃなくて、リンクじゃないですか。」
俺の頭に、みるみる血が上っていく。
「大丈夫、僕も昔は勘違いしてましたから。」
「っておい、ということは、、。俺が、お前を助けるの?」
「はい、そうなりますね。」
おいおい、何でこんなもん買っちゃったんだろ?
「冗談ですよ、信じましたか?」
店員Aと会って3分で、怒りの沸点を超えた俺は、一周回って冷静になった。
「ま、まあ。冒険を、始めましょうか、、。」
~プロローグ(伝説の剣を手に入れるまで、、。)
今日も田中は、有意義な休日を過ごしていた。
「今日は、新しいメンツもいて、当たり日だなー。」
と言いながら、中古品として売られている、戦隊ヒーローもののフィギアたちを見比べていく。
彼は、某リサイクルショップのおもちゃ売り場にいた。周りは小さい子供とその親が数名、田中は自然と孤独感を覚えていた。
俺がここにいるのは、他でもない、俺の趣味だからだ。
確かに田中の目は、欲しいおもちゃを買い与えらえれた子供のように、輝いて見える。 しかし、実は彼、金を小銭すら持ってきていない。忘れたのではない、買うつもりもなければ、欲しいとも思っていないからだ。
俺の趣味は、中古品を眺めては、その品の過ごした時間を想像するというもの。
金もかからない、理にかなった趣味だと思うのだが、周囲は理解してくれない。
「次は、最近行っていない、家具のコーナーにでも行きますか。」
そう言うと田中は、知り尽くしているかのように、最短距離で移動していく。
「なんだこれ? 本当に、作りもんかよ?」
田中の足取りは、家具コーナーの中でも一番奥の、店の一角で止まっていた。
「こんなもん、機能性もなければ、需要もないだろ。」
田中が言うのがもっともで、だから店の奥に置かれているのだと思われた。
「せめて、家具じゃなくて、おもちゃ売り場だろうな。」
田中の前には、『勇者の剣』と値札に書かれた、値札通り西洋風の剣が置いてあった。大きさと言い、手の込んだ柄に彫られた模様と言い、完成度が非常に高い。
「台座と言い、ホントよくできてるわ。けど、39万8000円は、高すぎるな。」
「お客さん、お目が高いですねえ。」
「うわっ、ってここの店員さんですか。驚かさないでくださいよ。」
そこには、たまに見かけていた、まだ若そうな店員が立っていた。
「お客さん、これ、お買い得ですよ。」
どこがですか? と、言いたくなって抑えた。
「いや、今日はお金、持ってきていないんですよ。」
うまくこの場をしのごうとすると、店員Aは、
「そうですか、だったら仕方ないですね、、。」
と、重たげに言った。
「仕方がないって、どういう、、。って、うわっ。」
カンっと、軽い金属音が響いた。
「な、何するんですか!」
店員Aは、自分でぶつかってきながら、倒れた『勇者の剣』のほうに駆け寄る。
「あ、どうしよう、、。大切な売り物に、傷がついちゃいましたよ。」
「おい、嘘だろ。そっちがぶつかってきたのに、、。」
店員Aは、田中を睨んだが、その目は明らかに笑っていた。
「これは、買っていただくしか、無いようですねー。」
「おい、ふざけんのもいい加減にしろよ!」
俺の怒りは爆発寸前だった。
「お前、買わせるために、わざとぶつかってきただろ! そんなの、全部防犯カメラに、、。」
「いえ、防犯カメラは、僕が外しました。」
その答えに、頭を強く打ちつけられたようだった。
「じゃあ、他に目撃者は?」
「ここは、店の中でも奥の奥、なかなか来ないのは、あなたも分かっているはずでしょ。」
田中の思考は、停止してしまった。
「買ってもいいんですけど、本当に金が無くって、、。」
店員Aは機嫌を良くしたらしく、田中に手を差し出した。
「それなら心配ありません、あなたの素質次第ですから。」
そういうと、田中を剣の前に押した。押された田中は、店員Aを睨み、剣に向き直った。
「確かに、欲しいかもしれない、、。」
あれ、なんで俺、こんなこと言ってんだろう。
確かに俺の長年の審美眼は、この傷ひとつ付いていない剣に、とても引かれている。
俺でも想像を絶するほどの、死闘と冒険の匂いがするのだ。
「田中さん、柄を持って、台座から剣を引いてください。」
言われた通り、何の問題のなく引き抜いた。台座から抜かれ出た刀身は、新品のような、本物のような輝きを放っている。
「お、おめでとうございまーす。」
店員Aが、福引の当たりが出たかのような、大げさに明るい声を出す。
「まさか、あなたは勇者に選ばれました! とか、言うんじゃないよな。実は、台座が3万7999円分で、剣だけだと1円ですとか、、。」
顔だけで、言いたいことは分かった。
「そうです、凄いですね。さすが、アラサー勇者田中ですね。」
魔物退治という名目で、こいつを粛清しても、神は許してくれるのだろうか。
そして、初めに戻る、、。
「ま、まあ。冒険を、始めましょうか。」
ここで、田中の中で、何かが引っかかった。
「おい、もしかして、このまま素手で剣を持ち歩いていくわけ?」
店員Aが何か言おうとしたが、それを遮って言う。
「まさかお前、鞘やベルト、その他装備で39万8000円とか言うんじゃねえよな。」
「正解です、凄いですね。さすが、独身アラサー勇者田中ですね。」
うん、神もこいつになら、許してくれる気がする。
店員Aは、どこからか中古のガラクタ達を漁ってきた、、。
「お似合いですねー、さすが剣に選ばれた勇者様だ。」
お前どうせ、ダサくても同じこと言うんだろ。実際、ところどころがボロ臭い。
でも、俺は嫌いじゃない。
「で、冒険して、借金返せって? でも、この現代社会、どこに敵がいるわけ?」
店員Aは、いかにも詐欺師みたいに、不自然に笑った。
「いや、この店内にあるんですよ、冒険が。この社会、魔物だらけですよ。」
何? 某リサイクルショップの中に、実は異世界への扉が?
なぜか、少し期待してしまっている自分がいる。
「では、今から呼んできますね。この店に潜む、魔王を、、。」
意味ありげに笑い、店員Aは家具コーナーから出ると、店の受け付けに向かっていった。
この店内に魔王が潜んでいた? 今まで、かれこれ10年以上通う俺も、気付かなかったぞ。というか、急に魔王って大丈夫だろうか、、。
等、色々想像していた俺がバカだった。
「勇者様、連れてきましたよ。この店に潜んでいた、恐怖の魔王を!」
そう聞いて、剣を不格好にも構えておく。家具コーナーは狭いため、大きく剣は振れないだろう。
ならば、家具コーナーに曲がってきた瞬間に、死角を突く!
「はい、お客様、何の御用でございましょうか?」
声とともに、何かが曲がってきた、今がチャンスだ!
「くたばれ、魔王めー!」
剣を振りかざしたが、距離が足りなかった。
「うわ、お、お客様?」
尻もちをついた店員と、あと数センチで人殺しだった勇者田中の目が合った。
「あ、何か、すいません、、。」
2人が同時に言った。
店員Aが、耳元にささやいた。。
「彼こそ、この店の仕事押し付け魔王である、店長の飯田さんです。」
「くたばれ、この野郎ー。」
「アラサー田中の伝説」3DS 庭花爾 華々 @aoiramuniku
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます