ご褒美
「死んだ……のか?」
僕が。今、殺した。殺せたのか。そうだ、殺ったんだ。遂に。ドラゴンの体が消え去ったのが、その何よりもの証拠。
カラン。
思わず槍を手放した。全部、おわった。
「やった! 僕はやったぞ!!」
歓喜に震える。拳を握りしめて、喜びを噛みしめる。
「これで、僕の願いを叶えてくれるんだろう!」
しかし、この後自分がどうすればいいのか。どうすれば冬華を生き返らせることが出来るのか。僕は知らなかった。
そして、一度冷静になって辺りを見回す。すると、ドラゴンが消えた、その場には魔石ではなく、光り輝く球体が転がっていることに気がついた。
「これは……?」
恐らく、この球体を使って何かをするのだろうとは思う。ただ、一体どうしろというのか。
そう頭を悩ませていると、そんな僕の悩みに応えるかのように、部屋の中央に祭壇……のようなものが現れた。
祭壇には「その玉をここに入れろ」とでもいいたげなほど、あからさまに丸い窪みがあった。
本当にこれでいいのか? と首を傾げながらも、それ以外に選択肢を持たない僕は、恐る恐る光り輝く球体をくぼみに差し込んだ。
するとどうしたことか。輝きは部屋全体にまで広がった。
思わず目を庇って視界を手のひらで覆った。
光が晴れると、そこには虹色の輝きを持ったナニカが浮遊していた。
それが何なのか。それは僕にはわからない。
ただ、人とは違う。別次元の存在であるということだけは感じ取れた。
『コングラッチュレーション!! このダンジョンはクリアされました!』
僅かな緊張。そののち、陽気で女性的な声が響き渡った。
『おやおや、最初の攻略者さまはお一人様ですか! これは優秀ですね!』
予想外に快活な様子に、僕は戸惑いを隠せないでいた。人の形とは異なる姿を取りながら、しかし、声は流暢な日本語そのもの。
一体どういうことなのか、と思ってしまうのも無理はない。
そんな僕の思考をよそに、謎の声は陽気な様子で話を続ける。
『さてさて、ダンジョンを攻略して見せてアナタには、三つのご褒美がありまーす!』
「み、三つのご褒美?」
一個だけ願い叶えてくれるってだけじゃないんだな。結構気前がいい。思わぬ副産物に胸が高鳴る。
『そうでーすっ! ではでは、さっそく。まずは一つ目! ででんっ! これです!』
そう言って空中に現れた光り輝く拳大の宝玉。ドラゴンからドロップした球体と、なんだか似ている気がする。
『これは、ダンジョン攻略の証。ただ、これ自体にナニカ効力があるわけじゃなくて超高密度の魔力の結晶ってだけだから、どう扱っても問題はないよー。それこそ、金のために売ってもよし、記念として飾るもよし、スキルの触媒として使ってもいいし、なんなら捨てちゃってもいいんだよ!』
ま、捨てるのは勿体無いと思うけどね。とは謎の光(ダンジョンマスター?)の言である。
『そんで次。二つ目のご褒美。ででん! 当ダンジョンの自由転移権っ! 今後、このダンジョンにくる時は好きな階層に転移できる権利を上げちゃうよー! とってもすごいでしょー』
確かにすごい。ダンジョン一階層から百階層までだと、戦いなしで歩いてくるだけでも数日かかるからな。とんでもないチートだぞ。そうなると、お金も稼ぎ放題だろうな。
とはいえ、ここまではおまけ。大事なのは最後だ。
僕は、黙して謎の光の次の言葉を待った。そんな僕の思考を読んでか、謎の光は無邪気な声を響かせる。
『そしてそして、最後のご褒美はーッ!? これだ!! なんでもお願い聞いちゃう券! どーんなお願い事でも、一個だけ私が叶えて上げちゃいますっ!』
来た。
『それでそれで? 攻略者さまはどんなお願いをしたいのかなぁー? なんでもいいよ? お金。女。力。権力。それとも、ワ・タ・シ?』
「僕の願いはたった一つ。冬華――僕の仲間の命を生き返らせて欲しい』
僕は謎の光のボケ? を完全にスルーして願いを告げた。
もしかして気分を害したかな? と一瞬だけ心配もしたが、それも杞憂に終わった。
謎の光は何事もなかったかのように、『うん、いいよー』と、軽い返事。
『ほほいのほいっ!!』
どんな掛け声だ。と思う間もなく、僕の足元に強烈な光が溢れた。
今日は強い光をよく見るな……と苦笑。そして、光は人の形を取った。光が収まると、そこには見覚えのある美しい体。冬華がいた。
ヴァンパイアにやられた傷も無く、綺麗な体。ついで、とばかりに服も綺麗に修復されていた。
僕は、彼女の姿を視認すると同時に膝をついて呼吸を確認した。脈は……ある。息もしている。心臓は問題なく動いている。
良かった……という安堵。次の瞬間、パチッと冬華の目蓋が開いた。
「……かなで、くん?」
「冬華……」
冬華の声。一度は失われ、そして、熱く焦がれた、あの声が、また僕の鼓膜を叩く。
ああ、泣きそうだ。目頭がジンと熱を持つ。
「私、死んだんじゃ……?」
不思議そうに自分の体を見つめる冬華。そんな彼女の体を衝動のままに抱きしめた。
「痛い痛い、痛いって……」
「あ、ああ……ごめん」
痛いとは言いながらも、どこか嬉しそうに苦笑しながら、冬華は僕の背中をトントンと数回叩いた。
その、体から伝わる熱が、本当に生きているのだと実感させる。
『感動の再会は終わりかなー?』
僕と冬華のやりとりを見ていた謎の光は、空気を読まずに割り込んでくる。なんて邪魔な。
『とりあえず、これでワタシからのご褒美は終わり。君たちがこの後、残るも帰るも自由だよー。攻略者さまにはダンジョンの自由転移権を与えているから、ここから一階層までひとっ飛びで帰れるはずだよ! お連れさまも一緒場合は体に触れたままなら大丈夫! それじゃあ、ワタシはこれでしつれーい!』
それだけを言い残して、謎の光は姿を消した。自分の正体もなにも明かさないまま、だ。
やはり、疑問は残る。
でも。
「帰ろっか、冬華。疲れただろ?」
「うん。帰ったら、お風呂に入ってご飯を食べて……ゆっくり、普通に過ごしたい」
そんなものはどうだっていい。
だって僕たちは、スリリングで、常に死を感じる戦場にいたいのではないと気づいたから。
【魔魂簒奪】。この力を使い、何体もの魔物をころし、能力を奪い去り、そして、ドラゴンすらも打倒する――最強へと至った。
だけど、僕は……もう、いらない。
平凡で、平穏な日々こそが僕たちの最大の願いだと気がついたから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます