最後の戦い

 相対するは体を鱗ごと黄金色に変化した一体のドラゴン。

 縦に瞳孔の開いた黄金色の瞳は、油断なく僕を見据えていた。


 口元からチロチロと溢れる炎はこれまで以上の火力を想像させる。できることなら戦いたくない。それでも、殺らなければ殺られる。殺らなければ冬華は生き返らないし、自由もない。


 まず、戦わないという選択肢が鼻からないのだ。


 左手はブラリと垂れ下がる。力は微塵も入らない。

 仕方なく、僕は槍を片手に持つ。


 瞬間。熱気が襲う。火球。特大の炎の塊が迫る。

 地面を溶かし、空気を焼き、空間を抉る。


「――ッ!? 」


 一瞬の思考。時が止まったような錯覚に陥ったのち、判断。【限界昇華】。


 湧き上がる更なる力の奔流に体が軋む。風を切り、ギリギリのところで回避。今度こそ危なかった。

 前からとんでもない火力ではあった。しかし、さっきまでとは威力、規模共に桁違いだ。


 火球の着弾した地面は溶けてガラス状に変わっている。人体に当たれば、まず死は免れない。


 ……とはいえ、それは前のブレスでも変わらない。どっちにしろ着弾は許されないことに変わりはない。


 やることは同じだ。

 逃げ回って逃げ回って、近づいて殺す。


 三度、【限界昇華】。

 どこからか力が溢れる。それは、気を抜けば体を内側から破壊しかねないほど。


 しかし、扱い切れれば強力な手札となる。


 はちきれんばかりに、筋肉が隆起する。体の隅々まで、パワーが行き渡る。強化された下半身の力をフルで使う。

 正直、そう長くもたない。


 最短、正面から行く。


 地面を蹴る。蹴った足が地面を抉る。瞬間的に距離を詰める僕だったが、ドラゴンも反応していた。


 黄金色の前脚が、迎撃に動く。鋭利な爪が凶悪な刃となって向かい来る。

 それを槍で迎え撃つ……のは流石に無理。“風神”で無理矢理、僕自身の体を横に吹き飛ばす。


 強引な回避で多少体を痛めたものの、誤差の範囲内。


 ブレスが飛んでくる前に態勢を立て直し、再び突撃。

 それに合わせて“鎖縛”。鎖がドラゴンを縛り付ける。が、ギチギチと音を立てて鎖を破壊しようとドラゴンは力を入れる。


 鎖は今にも破られそうだ。今度はブレスに邪魔されることなく、ドラゴンの懐に入り込むことに成功した。


 そして再び。


「――“腐毒”!」


 紫色のオーラを纏った右手が、ドラゴンに触れる。

 今度こそ。


 しかし、再度絶望が襲う。


「き、効かない……いや、消えた?」


 触れた右手。腐敗の毒がドラゴンを犯すと思っていたソレは、綺麗さっぱり消え去った。それは、僕の意識を一瞬凍結させた。


 その硬直から抜け出した次の瞬間。ドラゴンが鎖を破壊した。


 惜しい、と思いつつ、僕は一旦の離脱を選択した。

 絶好の機会を逃した。さらに、己の持つ最強とも呼べる攻撃手段が無効化された。


 吐き捨てるように舌打ち。


 体が自由になったドラゴンが翼をはためかせた。

 天井はそう高くはないから、飛び回る可能性は低いが、翼を上下させるだけで強烈な風圧が襲う。


 なんとか“風神”によっていなしているが、それにだって限界がある。

 頭の中を焦りが支配する。


 この際、体の限界なんて気にしてはいられない。

 ぶっ壊れるのを覚悟で、【限界昇華】を更に重ねる。これで四つ目。


 限界近い体でどれだけ耐え切れるか。


 部屋の中央に鎮座したまま動かないドラゴンの頭上目掛けて飛びかかる。

 ドラゴンは高さでいうならば二十メートルほどか。


 素の能力であれば一飛びで頭上に飛び乗ることは難しいが、【限界昇華】を重ねがけした今では造作もない。


 ただ、その代償か、両脚の骨がバキリと折れた。苦痛に顔を歪める間も無く、到達。


 勢いそのままに、槍を黄金色の瞳に突き立てた。


 刹那。甲高い悲鳴が轟く。至近距離で放たれたそれは、僕の鼓膜を確実に破り貫いた。

 けど、関係あるかと僕は攻撃を続ける。


 槍が突き刺さったままの瞳からはドクドクと血が流れ続けている。

 槍を抜き、また刺す。そこに更に超重量化。


 ズン、と槍を中心にドラゴンの体が傾いた。


 僕の体もバランスを崩す。ズタボロになった体は、それに抗うこともできなかった。


 抵抗もなく、僕はドラゴンの頭上から崩れ落ちる。


 あ、死んだ。本能がそう理解した。


 次の瞬間、真紅が視界を覆った。ドラゴンの放ったブレスだ。目を貫かれたにも関わらず、痛みに支配されることなく僕を殺すことを優先したのだ。


 見事というしかない。僕は死ぬ。それは、抗うことのない事実。


 目蓋を閉じた。終わりが来る。熱に、体が溶かされた。

 そして――



 《【魔魂簒奪】の能力が自動発動しました》

 《取り込んだ魔魂の内、一つを消費。保有者の身体を更新しました》


 《残りの魂はあと、16》


 意識が覚醒する。思考はクリアに。体に痛みは一切ない。


 視界は開けている。今、僕はドラゴンの真下へと落下中。

 瞬時に状況を理解する。


 ああ、死んだのか、と。確か、九十階層の獣王レーニコルとの戦いの時に発動した【魔魂簒奪】の能力の一つ……だったはずだ。


 確実に生き返るという確証がなかったから使えなかったが、今回で確証を得た。

 僕は、あと16回まで死んでも生き返ることができる。


 ニヤリ、と口角が上げる。

 ドラゴンはチート染みた化け物だ。でも、僕のスキルも大概だ。


 僕は再びドラゴンへと突撃を仕掛ける。

【限界昇華】の効果は死亡時に無くなっていたため、かけ直す。

 今度は、初めから四重でいく。それでも、さっきよりも負担は軽い。怪我が無くなったお陰だろう。


 槍はドラゴンの瞳に突き刺さったまま。


 跳躍。一息で頭上に移動。浅く刺さっていた槍を更に深くへ押し込む。

 ドラゴンとはいえ、脳みそは確実にあるはずだ。


 心臓と脳みそ、魔物であれば魔石を破壊できれば、活動は停止する。それは、ドラゴンとはいえ共通している……はず。


 とはいえ、両手でグリグリと槍を押し込める僕をドラゴンがのうのうと見過ごすはずもなく。


 激しく頭を振って振り落とそうとする。

 最初は振動に耐えられずに振り落とされ、地面に落ちた瞬間を踏み潰された。



 《【魔魂簒奪】の能力が自動発動しました》

 《取り込んだ魔魂の内、一つを消費。保有者の身体を更新しました》


 《残りの魂はあと、15》



 今度は頭上にたどり着く前に風の刃が行く手を塞ぎ、風の対処に手こずっている間にブレスで焼かれた。


 《残りの魂はあと、14》


 次は蘇生と同時に背面から頭上に駆け上がり、抜き手でもう片方の目を貫いた。

 しかし、そこで錯乱したドラゴンが転倒。押し潰される形で死んだ。


 《残りの魂はあと、13》

 《残りの魂はあと、12》

 《残りの魂はあと、11》

 《残りの魂はあと、10》



 ◆


 死が重なり、残りの魂はあと一つにまで数を減らした。


 もう、僕の心は死んでいた。

 十五回にも及ぶ、連続死は精神的にキツいものがあった。

 蘇生の旅に体は回復しても、心までは癒してくれない。


 それでも、あと少しでドラゴンを殺せる……という確信だけが、僕の心の拠り所となって踏みとどまることができていた。


 歯を食いしばって、目を血走らせ、血が滲むまでに拳を握る。


 これで、最後。次が最後。そう思って耐え続ける。

 そして、僕と相対するドラゴンもまた、限界が近いことは分かっていた。


 今まではなんとか無駄足掻きに暴れていたが、もうまともに体も動かないようである。

 それでもでかい図体が消えないということは、まだ死んでいないということ。


 満身創痍。心に抵抗の意思があろうとも、もう満足に身体を動かすことはできない。


 僕とはまるで正反対だ。

 精神は限界まで磨耗したが、体は全快に近い僕。体はボロボロでも心は諦め切れていないドラゴン。


 素直に、凄いと思った。

 あれだけ執拗に攻撃されたというのに、何という精神力か、と。その一面においては尊敬に値する。


 だが、尊敬はしても殺すことに変わりはない。せめて、次の一撃で。


 僕は、地に染まって赤黒く色を変えた槍を両手構える。


 的は、この槍で散々風穴を開けた右目。

 バフの全掛け。【限界昇華】は五重に。これに全てをかける。


 ゴウッと風が強く吹く。“風神”による追い風。

 槍にも強力な風の渦が巻きつく。


 体は前のめりになり、一気に――疾駆。尋常ではない集中力が、周囲の風を切る音さえも削ぎ落とした。


 それに反比例するように、手に持つ槍の感覚が鋭敏になる。


 気がつけば、目の前にドラゴンの顔があった。タイミングは完璧。勢いは申し分ない。

 腰の捻り、手首の感覚。全て最高。


 より深く深く脳に突き刺さるよう、すべての勢いを乗せた片手突き。


 自分が認識する前に、槍は放たれていた。


 しかし、ここでドラゴンが僅かばかりの抵抗を示した。

 口元に集まる強烈な熱波。

 攻撃に全てをかけた僕は、防御することも出来ずに下半身が溶け落ちた。




 《【魔魂簒奪】の能力が自動発動しました》

 《取り込んだ魔魂の内、一つを消費。保有者の身体を更新しました》


 《残りの魂はあと、0》



「うぉ……ぉおおおぉぉォオオオオオ!!」


 命の灯火を振り絞り、叫ぶ。


 僕はやれる! 僕ならやれる! 今度こそ、確実に殺すんだ!!


 僕の槍は、ドラゴンの脳天に埋まり、確実に貫通した。




 気力を振り絞った僕は、その場に崩れ落ち――目の前の巨大は、まるで元からそこにはなかったかのように、黒い靄となって消え去った。

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