絶望の第二形態

 もちろん、ドラゴンは強い。でも、なんだか釈然としない。たしかにブレスは強力で、まともに喰らえば致命傷。風を使った攻撃も、僕でなければ驚異的。物理攻撃だって、僕の“液体化”のような能力、スキルでもなければ危険極まりないものだ。


 けど、最後の敵としては、何か物足りない気もするのだ。

 これは、僕の考えすぎ……なのかもしれない。というよりも、そっちの方が全然いい。取り越し苦労であって欲しいとさえ思う。だが、思うんだ。


 本当に、これだけか? と。


 疑問を胸に秘めながらも、しかし、戦いは続く。

 徐々に徐々に彼我の距離を詰めながら、お互いに隙を疑う。


 ドラゴンは僕にブレスを当てようと。僕はドラゴンに触れて“腐毒”を発動させようと。


 どちらも当たれば勝つ、絶対の一撃。それが分かっている故に、警戒は途切れない。

 半ば膠着状態にあった戦況が、次の一手で変動する。


「――“恐慌の紅瞳”」


 僕とドラゴンの視線が交差。ほんの一瞬だけ、体が固まる。


 “鎖縛”。次いで、“風神”。


 蛇のようにうねりながら、長く太く、そして硬い銀に煌く鎖の束が、ドラゴンの口を拘束した。

 これで、ブレスは封じた。これでどれだけの時間を稼げるかは分からないが、少なくとも数秒の間は大丈夫だろう。


 この絶好の機会、“鎖縛”に続いて発動させた“風神”は風という風、その発生全てを封じた。

 場は完全な無風空間。

 これで、ドラゴンは風による妨害、攻撃を行うことはできない。


 槍を片手に持ち、未だ癒えきっていない左手をドラゴンに差し向ける。

 “腐毒”。

 火傷の残った痛々しい左手に、怪しげな紫色のオーラが立ち込める。


「これで、死ね」


 完全に無防備な状態になったドラゴン。その、胴体部に左手が触れる。


 勝った。僕は確信した。体の一部に“腐毒”で触れれば毒が全身に回る。

 実質、一度タッチできれば敵は死ぬようなものであった。


 だから、油断……体の緊張が緩んだ。そんな僕を、ドラゴンの尾が薙ぎ払った。


 超質量で高速の物理攻撃。意識の外にあったためか、“液体化”が間に合わなかった。

 かつてないほどの不覚。しかし、僕は後悔に頭を悩ませる暇すらもなかった。


 一切の防御も出来なかったのが痛かった。左腕は完全に骨折。肋骨も何本か折れているような気がする。


「……ケホッ」


 口の中に血の鉄くささが広がる。内臓もやられていたか。何もしていないというのに、体中に痛みが走る。


 不幸中の幸いは、移動のための足が無事だったことか。

 痛みを我慢すれば、まだ戦える。……だいぶ無理しなきゃだけど。


「でも、あいつだってもう死ぬだろ」


 もうそろそろ“腐毒”が全身に回ることだろう。

 寧ろ、吹っ飛ばされて距離が稼げてよかったか?


 僕は槍で体を支えながら立ち上がり、ドラゴンを視界に入れる。

 そして、驚愕に目を見開く。


「……な、なにが……?」


 そこには、毒に犯され、のたうちまわる姿はなく。ドラゴンの体を極光が包み込んでいた。それは、もはや神々しさすらも感じる、神聖な気配。


 光が晴れる。

 現れたのは姿を大きく変容させた黄金色のドラゴン。

 ここからが本当の戦いであるとでも言いたげに、四本の足でドッシリと立つ。僕のつけた傷は当然のように完治していた。


「まじかよ……」と驚愕した僕だったが、しかし同時に、「何かがあるとは思っていた」と納得もできた。


 まあ、理不尽なことに変わりはないが。何しろ、勝ちを確信していたところで不意の第二形態。さらに完全回復となれば、バグ、チートもいいところ。


 こんなクソゲーでも、僕はどうにかこうにかして、クリアしなければいけない。

 溢れ出る冷や汗を拭いながら、思考に浸る。


 僕の体は限界も近い。対するドラゴンは万全の状態。しかもパワーアップしている、と。


「どうするかな」


 “再生”はフル稼働している。それでも、回復までは程遠い。

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