討伐! 百腕の巨人・ヘカトンケイル
地獄の業火が巨人を焼いた。
――もしや、やったか?
そんな考えが一瞬過ぎり、しかし、それは間違いだったと思い知らされる。
百腕の巨人・ヘカトンケイルの上半身を“獄炎吐息”に焼かれてなお、体表が焦げるだけに収まった。
ダメージは確実に通っている。
だがしかし、それでも致命傷には程遠い。
思わず僕は、舌打ち。
「なんて頑丈な……」
面倒。だが、殺せないほどじゃない。
レベル差はあっても時間をかければ殺せるという事実はわかった。
なら、絶望することはない。
間髪入れず、ヘカトンケイルへ攻撃を続ける。
もう一度、“獄炎吐息”。
赤黒い炎が迸り、再度、獄炎が巨人の胸を焼き焦がした。
「うごおおおおぉぉぉぉぉぉぉおお!!」
ヘカトンケイルは堪らず野太い苦悶の咆哮をあげた。
思わず耳を塞ぎたくなる轟音に、僕は顔を顰める。
「これ、どうにかなんねぇかな……」
戦いの最中にこうも煩い声を聞かされたんじゃあ、たまったもんじゃない。
と、なると……
「“風神”を使えば、なんとかなるかな?」
僕はパズズの能力“風神”を起動。
自分の周囲に、風の膜を作る。
すると、全くの無音……とまではいかないが、巨人の馬鹿みたいに耳に響く怒声が幾分かマシになって聞こえた。
元を街中で暴走族共が駆けずり回る音だとすると、今僕の耳に聞こえる音は原付で安全運転している時のと同じくらいだろう。
まあ、どのみち完全に聞こえなくなるよりも少しは聞こえた方が戦いやすい。
相手側にも常時僕の発する音が聞こえなくなるという利点はあるものの、僕まで聴覚機能が使えないとなると、何かイレギュラーな事態が発生した時に対応出来なくなる。
極端に大きな音だけを遮断できるようにできれば良かったのだが……現状ではそれは無理そうだ。
ま、それはさておき。
ヘカトンケイルが痛みに身動ぎながらも恨みのこもった瞳を僕へと向けている。
これは、相当怒っているな。
それに、【隠形】の効果も切れたみたい。
こっからどう戦いを組み立てるか。
二度も“獄炎吐息”を使ってしまったし、警戒してくるだろうことを考えれば、トドメには別の手を持っていくのが良いはず。
とはいえ、“獄炎吐息”以外に火力があるのは“腐毒”のみ。
しかし、こいつは手で触れなければ発動しないという欠点がある。
できればあまり近づきたくないのだが……そうもいかないか。
こっからは、近接で行こう。
元々、僕の戦闘スタイルは槍がメインだった筈だ。
「よし」
一息つく。
精神は安定している。体力は十分。傷もない。
槍は、この手に。適度な重みが心地いい。
「“黒鬼化”、“超怪力”、“暗黒闘法”」
三つの身体強化能力を解放。
すると、すぐさま効果は現れる。極端なまでに筋肉が隆起。肌は黒く染まり、額には角が生える。さらに、禍々しい黒いモヤが肌に纏わり付く。
僕の見た目は、異形へと至り、その膂力もまた、人外のそれ。
僕は、手にもつ魔槍――アトラツィオに魔力を込める。
すると、筋力を強化したことで羽のように軽く感じていたはずの黒槍が、鉛のような重さに変わる。
これが、この魔槍の能力。重量操作。
最大重量に変化させたまま、こいつを頭から振り下ろせば、いかな巨人といえども頭蓋をかち割れるかもしれない。
まあ、それをやるにしても、巨人の頭上にまでどうやって到達するのかって話だが。
“転移門”さえあれば、どうとでも出来たんだが、今は使えないからなぁ。どうにもならん。
“風神”を使えばもしかしたら……とは思うが、まあ、リスクが大きすぎる。
試す気にもならない。
やるとしても、最後の手段かね。
それはそうとして、ヘカトンケイルの僕に対する圧がすごい。
絶対殺してやるって、目が言ってるよ。怖いよ。
上半身火傷だらけでグロいし。
なかなか次の行動に移さない僕に、業を煮やしたのか、ヘカトンケイルは巨大な足を踏み鳴らした。一度地面を踏み鳴らすだけで、地面が震える。
それだけで、このヘカトンケイルというまものが、なんとも規格外な存在だとわかるというもの。
いや、魔物なんて、みんな人間には想像できない、規格外みたいなものか。
そして、そんな魔物たちを平気な顔で殺す僕のような人間も、魔物たちからしたら想定外の存在なのだろうな。
歩み寄る巨人に、僕は真っ向から迎え撃つ。
視線が交差。
瞬間――“恐慌の紅瞳”。
ヘカトンケイルの体が硬直した。
決定的な隙が生まれた。
これを好機と捉え、僕は地を駆ける。
槍を片手に持ち、もう片方の手を巨人の足に向ける。
そして――
「“鎖縛”」
蛇のように唸る鎖が、巨人の足に絡みつく。
突然の体勢の変化、下半身の異変に対処が出来ず、ヘカトンケイルは堪らず尻餅をついた。
こうなれば、後はもう勝ち筋をなぞるだけの簡単なお仕事。
強化された敏捷さに物言わせ、僕はヘカトンケイルの頭部を目指す。
仰向けに倒れながらも、バタバタと乱雑に暴れ回るヘカトンケイルを余裕を持って躱しながら、足の動きは決して止めない。
「あと少し……」
魔槍を握る手に力が入る。
「もう少し……」
ヘカトンケイルの頭部が見えた。
僕は走りながら地面を大きく蹴って垂直に跳躍。
最高到達点にたどり着いたところで、槍を両の手で構え、全力の魔力を注ぎ込む。
それは、重機でも手に持っているのか、とでもいうような超重量。最大まで強化した僕の身体能力を持ってしても支えることすらできず、体が引っ張られるような感覚に陥った。
しかし、今回ばかりはそれでいい。
跳躍した僕の真下にはヘカトンケイルの顔面がある。
僕はこのまま、この槍を落としてやればいい。
それだけで、ヘカトンケイルの頭部は陥没するのだから。
落下。地面が徐々に近づく。
無理矢理、なんとか穂先を地面へと向ける。
「これでェェ、死ねえぇぇぇぇぇ!」
ズンッ! 僕の体がヘカトンケイルの顔面に着地。それと同時に地面が揺れた。
それは、巨人の歩みによる振動よりも遥かに大きく、静か。
槍からは、グチャリ、ゴリッと何かをすり潰したような感覚。
視線を向けると、そこには赤黒い血があった。ヘカトンケイルの血だ。
眼球から槍の穂先が突き刺さり、脳天を貫通。
「やった……か?」
ごくり、と生唾を飲む。
「いや、保険で“腐毒”もかけとくか」
槍から手を離して“腐毒”を発動。両手でヘカトンケイルの顔面に触れ、腐らせる。
そして最後は、眼球に突き刺さった槍を回収して距離を取り――“獄炎吐息”。
気分はさながら死体の焼却。
ヘカトンケイルの巨体は、しばらくして黒き靄へと変わった。
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