百腕の巨人

 パズズの魔石から得た能力は“風神”。風を自在に操る万能な能力だ。ただ、攻撃力としてはあまり期待はできないかもしれない。


 とくに、超重量を持つモンスターを相手にする場合は微妙と言える。だが、パズズがやっていたように、空気の膜を使った防御にも使えるというのは便利だ。


 ただ……


「疲れた」


 もう、今日一日でどれだけ戦ったか。

 怒涛の一日だった気がする。


 肉体的な疲れは“再生”で回復できるが、精神的なものはそうもいかない。

 毎回がギリギリの戦いで、精神の磨耗がひどい。


 もう、一度目を閉じてしまえば、それだけで眠りに落ちてしまうくらいには、強烈な眠気に襲われている。

 そして、ボスを倒した時点で、ほかの魔物に襲われる心配のないこの部屋で、その欲求に抗うことは出来なかった。


 僕は、いつの間にか硬い地面に倒れ伏していた。


 ◆


 どれだけ時間が経ったのか。

 窓なんてあるわけもないこのダンジョンのなかで、それを知る術もない。


 僕は、自然と目を覚ました。


「いったた……」


 寝心地の悪い床で寝たせいか、体の節々が悲鳴を上げている。

 ただ、頭は多少スッキリしたか。


 今いるのが、九十八階層。次が九十九階層になる。

 つまり、次の階層を攻略すれば、その次が最高階層。終わりだ。あと少しで。終わる。


 僕があと少しだけ頑張れば、冬華は無事生き返る。


「大丈夫だ……僕は、勝てる。死なない。絶対だ」


 これは確信ではない。絶対に勝てるという自信があるわけでもない。でも、こんなふうに自己暗示でもしていないと、狂ってしまいそうになる。


 恐怖と重圧に、もういいや、と投げ出したくなってしまう。


 だから僕は、無理やりにでも戦いに身を投げる。


「さぁ、行こう。戦いの時間だ」


 僕は、意を決して九十九階層へとつづく階段へと足を踏み出した。




 階段は、九十八階層の時よりも僅かに長くなっていた気がする。いや、気のせいかもしれない。

 もしや、緊張しているのか。

 いちど、休憩を挟んだのが原因か。


 僕は、そんな自分の不安に目を背け、扉を視認する。

 相変わらず豪奢なことだ。一体誰が作ったものなのか。


 まあ、そんなものはどうでもいい。

 僕は扉に手を伸ばす。


 この先には、モンスターがいる。

 敵だ。殺すべき敵がいる。ふぅ、と一度息を吐く。肺を空っぽにして、深く息を吸う。


 少しだけ、ほんの少しだけ、気が楽になったような気がする。


「よし」


 僕は扉を押し、その奥に目を向ける。

 次なる敵はどんな姿をしているのか。拝見させてもらおう、と。


 そして、絶句。僕の目に飛び込んできたのは、とてつもない巨体。威圧感。


「巨人……か?」


 その全長は、大凡だが三十メートルは超えていそうなほどである。さらに、背中から生える無数の腕。


 雰囲気だけであれば、これまで見てきたモンスターの中でもダントツ。

 バケモンだ。


【鑑定板】を使ってみると、こう表示された。



 ――ステータス


 名前:ヘカトンケイル

 Lv.752

 《個体能力》

【百腕の巨人】

【憤怒】


 ――


 まずはレベル。なんとまあ、規格外だな。

 パズズですら、600と少ししかなかったというのに、こいつ――ヘカトンケイルは100以上も格上だ。


 不味いな。

 僕のレベルでも全然届いていない。

 能力とスキルでなんとか覆せるか……?


 冷や汗が垂れる。


 まずは慎重に動こう。

 僕はとっさに【隠形】を発動。

 姿を隠す。


 扉が開かれ、ヘカトンケイルが僕を認識してすぐのことだ。

 どうやら、幸いにもヘカトンケイルは僕の姿を見失ったようであった。


 よかった、このスキルはこいつ相手でも問題なく効くみたいだ。


 さて、ここからどう攻略していくか。

 見たところ、攻撃力特化って感じ。だが、防御力だってそう低いわけでもないだろう。


 僕の能力の中で、こいつに効きそうなものといえば、“獄炎吐息”と“腐毒”くらいなものかな? やはり、“風神”では決定打に欠ける。


 だがまあ、手数重視で動く、または機動力で翻弄するなら、“風神”という手もある。


 しかし、今の【隠形】状態から奇襲するなら、出来るだけ高火力でも一撃をぶっ放すのが最良手だ。

 それで片がつかなければ、“風神”の使用も視野に入れよう。


 僕は身を隠したまま足音を消し、背後に回る。


「最初はこいつだ――」


 ――喰らえ!!!


 僕は両の手をヘカトンケイルへと向けた。

 すると、刹那。

 強烈な熱を持った極光が目を焼いた。次に、極光が赤黒く染まり、ヘカトンケイルの上半身を覆った。


 “獄炎吐息”。地獄の業火が巨人を焼いたのだ。

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