油断大敵?

 強烈な光が瞳を焼いた。

 攻撃を放ったはずの僕が、だ。


 おかしなことだが、自分の生み出したはずの炎は、僕自身にすらも焼き跡を残した。

 口の中は火傷だらけだ。

 今もジクジクと痛みが続く。


 まあ、じき治ると思えばそうたいしたものでもない。

 さあ、これでシュゴスの体はどうなった? 少しでも傷はつけられたか? と、淡い期待を抱きながら、目線を前方に。


 あれだけの威力だ。流石に少しくらい傷をつけられただろう。


 回復した僕の目に映ったのは、体半分が蒸発したシュゴスの姿だった。

 これは、僕としても少しばかり予想外だった。もちろん、いい方向に、だ。


 いくら僕が高火力の攻撃を放ったとして、ここまで削れるとは、正直考えていなかった。

 そして、当人である僕ですら予想のできなかった事態に、小泉がついていけるはずもなく。


 小泉は、体の半分がなくなった己の眷属――シュゴスを茫然とした表情で見つめていた。

 体は硬直し、遠目からでもわかるほどに目を見開いて驚いていた。

 しかし、それも数秒のこと。

 小泉はすぐに顔を赤くしてシュゴスへと怒声を浴びせる。


「サッサと立ち上がれウスノロが!」


 さっきまでの余裕なんてかなぐり捨てて、小泉は焦っていた。

 なんで無様で滑稽なのか。


 そんな彼を、僕は冷めた目で見下していた。何故かもう、負ける気はしなかった。


 口が、喉が焼けるのを無視してもう一度“獄炎吐息”。もちろん、【限界昇華】はそのままに。

 まともに避けることさえも叶わずに直撃を許したシュゴスは、さらにその体積を減らす。

 今度は本来の四分の一以下にまで。


 どうやら、再生能力は高いようだが、それでも再生が追いついていないのは傍目から見ても分かる事実であった。


 もう、これ以上シュゴスは動けない。

 少なくとも、満足に動けるまでに回復するには数十分は必要になるだろう。

 現在の体の修復速度から鑑みるに、そのくらいが妥当のはず。


 なら、もうコイツを相手にしてやる必要もない。

 おまけの一発、そのまま殺してしまうつもりで、僕はシュゴスに再び“獄炎吐息”による炎熱を放射。


 熱に怯えて縮こまるシュゴスを他所に、瞳は小泉を向く。

 僕の目線が自信を貫いていることを視認すると、小泉はビクリと肩を震わせる。


 あそこまで啖呵を切っていたと言うのに、頼みの綱が使い物にならなくなった途端にこれか。

 全く呆れた。

 そんな下らないもののために、冬華を……僕たちを捨てて私服を肥やそうとしていたのか。


 こいつに、能力、スキルの類いは必要ない。

 使ってやることすらもったいなくて仕方がない。


 僕は【魔魂簒奪】に内包されたバスターバフ能力は一切使わない。

 ただ、生身に槍を携えただけ。


 そんな僕に対して、小泉は最初、呆気に取られた様子だった。しかし、それもほんの少し。


 僅かでも自身の勝利の可能性を見出したのか、小泉は狂気的な笑みを浮かべた。しかし、その笑みからは焦りと恐怖、緊張が垣間見えていた。


 小泉が腰から引き抜いたのは西洋剣。


 宝剣・フランタール。

 たしか、九十階層を攻略したときの戦利品だったはずだ。

 効果は剣身に描かれた紋章を触ることで炎を宿す……といった感じの物だった気がする。


 魔法剣としてはロマンがあって、かつ利便性にも優れるいい剣ではあるが……だからといって戦いで強くなれるわけでもない。


 実戦経験は小泉よりも僕の方が圧倒的に上。ステータスも上。武器の質は同程度。負ける要素がない。

 僕がよっぽどのバカをやらかさない限り、負ける気がしない。


 不安要素であった、この階層のフロアボス――シュゴスは、さっきから僕の放った“獄炎吐息”に焼かれてじゅうじゅうと音を立てているところだ。

 しかも、これ以上僕が手出しをしなくても、そのうち消滅してしまいそうな勢いだ。


 余裕がある。

 いつもフロアボスを相手にするときのような、ピリピリと張り詰めたような緊張がない。常に命が危険にさらされ、ビクビクしなければいけない環境でもない。


 ただひとり。

 小泉と戦うことだけを考えればいい、というのは、あまりにも簡単なことのように思えた。


 手に持った槍が、いつもより少しだけ軽く感じた。



 小泉は、曲がりなりにも、少しはチームを組んだ仲だ。

 僕の手で直接殺すのは、なんだか忍びない。

 だから、適度にボコボコにした後は殺さずに放置する方針で行こうと考えていた。


 まあ、それでのたれ死んだなら、別にどうとも思わないが。

 少なくとも、目の前で死んでほしいとは思えない。


 軽く捻って格の違いを思い知らせてやろう。僕はそんなことを脳内で独白していた。


 僕の脳の半分は、次の階層のこと、さらにその先を進んだ後のことを考えるのに占拠されていた。


 要するに僕は――気が緩んでいた。

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