炎
わざわざ強いやつを狙う必要はない。
僕は自身の正面を陣取るシュゴスを無視して、無防備な体を晒し続ける小泉へと突貫した。
しかし、半端な勢いでは邪魔が入る可能性もある。
僕は己の持てる全てのバフを瞬時に発動。体が別物のように軽くなる。
踏み抜いた地面がバキリと砕け、刹那。
体が、槍が、音を置き去りにした。
「――っ!」
息を飲む声。
音速の世界で、僕は視界の端で黒い何かが蠢くのを確かに見た。
シュゴスだ。
速い、速すぎる。
その鈍足そうな見た目と反して、全力を出した僕にすら追随するほどの速度。
正直予想外だった。
レベルが下方修正されていることもあって、そこまでのステータス差ではないだろう。いや、バフを全力でかけた僕ならば、ステータス面で上回ることすら出来るのではないか? と考えてすらいた。
でも、それは思い違いだった。
勘違いだった。
侮っていた。
この化物は完全に僕よりも強い。
思考がここまでの結果をだしていても、音速で動く僕の体は、もう止めることは出来ないということを悟っていた。
槍を前に突き出したまま、側面から黒い粘体が襲う。
避けられない。
無防備な体が、強烈な衝撃に晒される。
ゲボッ、と。まるで吐瀉物でも撒き散らすかのように、派手に肺から空気が抜けた。
体が宙に浮かぶ感覚。体感で数秒。
次いで、地面に体が叩きつけられる衝撃。受け身も取れなかった。
内臓に少なくないダメージが入った。
開戦数秒でこれかよ……。
僕は内心で愚痴を吐く。
幸いなことに、すぐさま“再生”が効くお陰でまだ動ける。
これ以上の隙は見せてたまるか、と僕は節々が痛む体に鞭打って槍を支点に体を起こす。
すると、見下すような小泉の冷たい視線が突き刺さる。
「まだ足掻くのか……さっきのだけでも分かっただろう? お前じゃ、俺には勝てないんだよ。諦めてさっさと死ね」
「黙ってろよザコ。強いのはお前じゃないだろ」
目と目が合う。視線が交差。殺意が交じる。敵意が迸る。
僕たち二人とは対照的に、ヌルヌルと蠢くシュゴスの瞳は無機質だ。
暗黒そのものを具現化したような無。
思わず後退りしてしまいそうな圧を感じる。
だが、僕は負けてやる気なんて全くなかった。
バフが足りないなら、もっと足せ。
力だ。もっと力を!
【限界昇華】。
限界を超えたその先を。
極限値を超えたその先まで僕の体を昇華させる。
もちろんこれは諸刃の剣。
癒えたはずの体が悲鳴を上げる。
今にも千切れてしまいそうな筋繊維、ヒビ割れてぶっ壊れてもおかしくない骨。
しかし、傷をつくたびに少しずつ再生していく。
前よりもより良い肉体へと形を変えて。
再度ぶつかる魔槍と黒い粘体。
今度は超高速で飛来するシュゴスの攻撃を僕が受けた形となった。
【腐乱】という極めて恐ろしい属性を纏った粘体だが、僕の持つ魔槍はその効果を一切寄せ付けずに切り裂いた。
体がついてくる。
シュゴスの速度にも、対応できた。
その事実が、僕の口角を吊り上げる。
だが、未だシュゴスに対して有効な攻撃手段は確立できていない。
やはり、こいつらに勝つには、小泉を直接叩くのが一番効率的だ。
ただ、問題はどうやって小泉まで攻撃を届かせるか。
そこにたどり着くまでに絶対にシュゴスが邪魔をしてくる。
何か別のことに注意を向けることができればいいんだが……。
いや、無理そうか。
実質、シュゴスは現在、小泉の奴隷。
基本はアイツのそばを離れることはないと考えていい。
なら、シュゴスを相手取りながら隙を見て小泉を殺す。
難しいが、これしかない。
「まずは小手調べだ……」
火か水か、どちらでもいいから弱点であってくれ。
そんな願いとともに、僕は“獄炎吐息”と“放水”を全力放出。
結果。
水は全く効果なし。寧ろ、以前よりも少し元気が良くなったような気さえする。
逆に炎――“獄炎吐息”での攻撃は明確な効果があった。
黒い粘体が僅かにではあるが蒸発。体積を減らした。
そこに僕は活路を見出した。
思わずニヤける。
そんな僕を一瞥した小泉はしかし、尚も余裕の表情を崩さない。
シュゴスが僕一人に負けるわけなんてないと確信を持っているのだろう。
たしかにレベル差はある。
種族的な不利もある。
でも、力の使い方で、その差は逆転することだってあるんだと教えてやる。
再び【限界昇華】。
今回は肉体の限界を引き上げるのではない。
スキルに使う。
厳密には、スキル【魔魂簒奪】に収容されている能力の一つ、“獄炎吐息”の限界を超越する。
限定的な能力の【限界昇華】は初めてやるが、失敗する気はしない。
ひと息呼吸を置き、口元から溢れる熱気と火花に目を見開いた。
「――これっ!?」
一段限界を超えただけでここまで威力が上がるものか!?
僕の頭を驚愕がめぐった。
限定的な限界昇華は、もしかしたら普段のスキルよりも、より強力な効果をもたらすのではないか? と仮定付ける。
検証はもっと必要だろうが、そう間違ってはいないのではないかと、直感ながらに思う。
驚愕からの思考。
そして、口元に貯蓄された膨大な熱量は、ついに解放される。
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