裏切りのワケ


「――っ!」


 僕は自身に向けられた強大な敵意に反応してわずかに体を硬直させた。

 マズい。


 直感的にそう感じて、僕は扉の取手から手を離し、大きく後退する。

 瞬間。

 黒い液体が飛散。半開きにしていたボス部屋へと続く扉と、そこら一体が溶解した。


 自然と、僕の姿は露わとなる。


 呆然とする僕を認識した小泉は、ニヤリと狂気的な笑みを浮かべた。


「よぉ、柊木……お前一人か?」


 彼の言葉の意図を察して、僕はカッと頭に血が昇るのを感じた。


「お前…………わかってて言ってるのか!?」


「ハハッ! そう怒るなよ。俺一人先に行ってて悪かったな」


「そういうことじゃねぇだろ!」


「なんだ、あの女が死んだってことか? んなこと俺に言われてもなぁ?」


「くっ!」と僕は唇を噛み締める。


「お前が、お前があの時逃げてなけりゃあ、冬華は死ななかったかも知れないのに!!」


「そんなもしもの話、するだけ無駄だ。それによ、あの女が死んだからって俺を恨むのは筋違いってもんだろ? アイツを殺したのは俺じゃなくてヴァンパイアの野郎だし、アイツの側にいながら守りきれなかったのは、お前だ。自分勝手な責任転嫁してんじゃねぇ」


 小泉の言葉はある意味では正論だった。でも、正論でもあるが故に、途方もなくイラついた。


 言葉は正しくはあっても、彼の取った行動が正しいわけではないのだから。


「お前、冬華のことが好きだったんじゃ、ねぇのかよ……」


 こんな状況に陥ってからはやけに落ち着いたものだ、と思っていたが、それ以前は気色が悪いほど冬華を慕っていたというのに。


 それなのに、なぜ冬華を見捨てた。

 今更ながらに僕は当惑した。


「俺に靡く気配が一切ない女にそこまで執着するほどバカじゃねぇよ。最初はまあ……俺もバカだったがな。今は別にそうでもねぇな」


 あっけらかんと言う小泉に、なんだか違和感を覚えた。執着していないと言いながらも、彼の目には何か野心じみたものがあるように感じたからだ。


「だから、僕たちを置いて先を行ったって?」


「そうだ」


「それで、宝箱の中にあったソレを横から掻っ攫ったってか?」


「ま、そうだな。有効利用させて貰ってるわ」


 小泉は一瞬、視線を黒い粘性体――シュゴスへと向ける。


「何が、目的だ?」


「目的だぁ? 何のことカナ?」


 白々しい。

 ニヤニヤとした笑みを貼り付けた顔が、なにかを誤魔化しているのをありありと知らせてくる。


「ダンジョンを攻略するだけなら、僕や冬華を捨てるのは、お前にとってもマイナスのはずだ。現に、お前は今まで僕たちと一緒に行動してきた。それが、今日になって一変した。何かあるんだろうと勘繰るのは当たり前だろう?」


「まあ、分かるよなぁ、やっぱ」


 小泉は愛も変わらずヘラヘラとした笑みを浮かべている。


「お前は知らねーだろうよ。ダンジョンを攻略すると、何でも一つだけ、どんなことでも願い事を叶えてくれるんだわ。何でも、だぞ」


 自慢げに話す小泉だが、僕もその話は知っている。ついさっき知ったことではあるが。


 とはいえ、何やらペラペラと喋りだしたので好きにさせる。

 彼にその意思がなくとも、僕の持っている情報をさらに補足してくれようというのだから親切なものだ。


「ただ、一つのってのが問題だったわけだ。お前らと一緒にダンジョンを攻略しちまえば、俺がその願いを叶える選択権を得たことはまず出来ねぇ。ま、俺が一番弱かったからな。仕方ねぇってのはある。が、欲しいもんは欲しいんだわ。そこで、目をつけたのがコイツよ」


 小泉は手元の宝玉に目を向ける。

 宝玉は赤紫色の妖光を放ち、怪しげに周囲を照らす。


「これがあれば、俺は一人でもダンジョンを攻略出来る。そーすりゃ、お前らが居なくても問題ないってワケ」


 分かったか? と、僕を見下す小泉に、やはり殺意が湧いた。


「ハッ! で、お前の望みってのは何なんだよ。金か? 地位か? 力か? どれでも下らないな」


「自分の恥ずかしいオネガイゴトを話すほど、俺とお前は仲良くねェだろ?」


 僕と小泉は互いに睨み合う。開始のゴングはならない。

 自然と、僕の手は槍に伸びる。

 対して、小泉に動きはない。


 直接戦うのは小泉ではないからだろう。

 僕の小泉へ向けた剥き出しの敵意を察してか、シュゴスの体がプルプルと震える。


 合図はなく、静かに戦いは始まる。


 黒い粘体が、超スピードで飛翔するのと共に、僕の体は風を切った。

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