小泉と宝玉とシュゴス
「ここ、は……?」
僕は九十六層から続く扉を開いた。
そこには、さらに上へと続く階段と、中央に鎮座する宝箱があるのみだった。
それ以外には何もないと言っていいこの部屋で、一際存在感を放つ宝箱ではあるが、残念なことに、その蓋は既に開け放たれた後であった。
そして、この宝箱を開けることができたのは小泉だけ。
なにが入っていたのかは分からないが、もしかしたらアイツの狙いはこの宝箱だった可能性もある。
まあ、あくまで可能性というだけだが。
宝箱の中身が空であるならば、僕がここに止まっている理由もない。
僕は黙って階段に足をかけた。
階段の先にはまたもや小部屋。その先に更なる扉が待ち受けていた。
小泉がいるとすれば、この先だろう。
僕の足りない脳ではそれ以外には考えられなかった。
この扉を開ければ次のフロアボスが出張ってくるのは分かっている。
さっきのヴァンパイアとの戦闘での消耗もある。ポーションはもう手元にない。
だが、ここで足を止めるという選択肢はなかった。
【魔魂簒奪】。その能力の一つである“再生”によって少しずつではあるが、傷、体力ともに回復してきているというのもそう決心した要因ではある。
僕は躊躇もなく扉を開く。
今更躊躇う理由がない。
一度は自ら死のうとすら思ったのだ、もう、死なんて怖くはない。
不思議とそう思えるようになってしまった。
そんな自分に、苦笑する。
あんなにも冬華に「生きろ」と言われていたにも関わらず、彼女の言葉に従うことはできていない。
彼女のためと言いながらも、やはりこれは僕のエゴ。
結局自分の事しか考えていない自己中野郎なのだ、と自分自身を卑下し――扉の先に広がる光景に目を疑った。
「なんだ、これ。どういうこと……」
ダンジョン九十七階層フロアボス。
巨大な――目測全長数十メートルほどの――黒い粘体を持つ魔物が小泉へと平伏す姿が、僕の瞳に映し出されていた。
僕は戸惑いを隠せず、半分ほど開いた扉から覗き見ることしかできないでいた。
呆然としたまま思考の追いつかない頭をフルフルと横に振り、僕は視線を小泉へと移す。
そして、絶句。
小泉の掌にはソフトボール大の紫に妖しく輝く宝玉が異彩を放ち、彼の瞳はこれまでにないほどの狂気を帯びていた。
思わずゾッとするほどの狂気を目にして、背筋が震えた。
彼の様子も随分とおかしいが、それ以上におかしいのはあの魔物だ。
魔物というのは、どんな種族であれ、人間に敵対するものだ。
それだというのに、何故かあのフロアボスは小泉に忠誠を誓うかのよう。
敵意もなく、ただ小泉のそばに侍るように、ウヨウヨと囁いている。
正直、見た目だけなら気持ちの悪い黒い巨大スライムだ。
だが、そのレベル、力はスライムなんかとは比較にもならないだろう。
僕は今のうちに、と【鑑定板】を顕現させた。
――ステータス
名前:シュゴス
Lv.589→502
《個体能力》
【腐乱】
【自由変態】
【分体】
【粘体補充】
*隷属状態により、弱体化。
――
強い。
率直な感想だった。
能力の構成を見るに、攻撃的に厄介なのは【腐乱】の能力だろう。
どういったものか、詳しくは分からないが、まず直撃は避けた方がいい類のものだろうことは予測できる。
そして、この個体の厄介なところは攻撃しても攻撃しても次々回復していくところなのだろう。
能力構成からかんがえた単なる予測ではあるが、そこまで間違っているということもないはずだ。
そんでもって、一番気を引くのが、最後の注釈だ。
隷属状態。
今まで一度も見たことのない表記。
しかし、なにを表しているのかは大体わかる。
小泉だ。
小泉が、あの宝玉の力か何かでシュゴスという魔物を隷属したということ。
恐らく、彼の手にもつ宝玉はさっき見た宝箱から得たもの……。
どうやら、隷属したことでレベルが下がっているようだが、それでも驚異度はそう変わらない。
レベル的には僕とどっこいどっこいといったところだが、油断すれば即死もあり得る。
小泉が今でもまだ僕と友好的であるのならば、ここからのダンジョン攻略がさらに楽になった……と喜ぶところだが、まずそれはないだろうな。
もし、彼が僕を未だ仲間として見ているのならば、あの場面で単身九十七階層に進むわけがない。
そもそも、あの状況から一人での行動に移ったということは、ヴァンパイアを倒した先にある宝箱にはあのアイテムがあると、彼は事前に知っていたのだろう。
だから、僕や冬華を置いて先に行った。
裏切ったのだ。
小泉は。
いや、裏切ったという表現は違うのかもしれない。
最初から、小泉はこれが狙いだった……のかもしれないな。
最初、九十階層に飛ばされた時、小泉に力はなかった。
一人ではここに訪れることすらも出来ない、と察していた。
だから、僕たちを利用した。
自分が仲間であると思わせて。
全てはこの時のために。
僕の考えすぎと言われればそれまでだが、僕は、この考えが的外れなものだとは思えなかった。
そう思わせる言動は、以前からあったのだ。
でも、僕は気づくことができなかった。
「クソがっ」
口元を歪ませて、悪態をつく。
それは、僕に向けてであり、小泉に向けたもの。
小泉は僕たちを利用した。
気づけなかった僕も馬鹿だが、やはり許せるものではなかった。
小泉が僕たちを裏切らず、役割を果たしていれば、冬華が死ぬことはなかったかもしれない。
ダンジョンを攻略すれば、冬華も生き返るかもしれないという希望があったとしても、冬華が一度死んだことはどう足掻いても変わらない事実なのだ。
だからこそ、僕は感情を抑えられない。
フツフツと湧き上がる怒りは、ついに小泉へと向けられた。
そして、彼に隷属するシュゴスの目は、明確な敵意を捉えた――
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