次なる扉と嫌な予感

「人間、お前は我に勝った。そうだな……」

「あ、あぁ……まあ一応、そういうことに……なるな」


 いきなり空気が変わって僕は戸惑った。

 剣呑な……というのではないが、どこか真剣味のある空気感が伝わってくる。


 一体何をしようというのか。

 僕は体に染み込んだ癖で咄嗟に警戒の姿勢をとった。


「なら、褒美……というのもどうかとは思うが、勝者への報酬として、一ついい情報をくれてやる」


 ニヤリ、とヴァンパイアは勿体ぶって口元を歪めた。


「いい情報って……何をくれるって言うんだ? このダンジョンを脱出する方法か? それとも今より強くなる方法? そんなもの、いまさらあったって……」

「まあ待て。話は最後まで聞け。これは、お前にとってもいい情報だ。静かに聞いておけ」


 そう言われて、僕はぐっ、と閉口した。

 まあ、聞くだけならタダか、と思ったのもある。

 くれるものならなんでも貰っておこう。

 まあ、今の僕に、そこまでして何かを得ようとするような気力も体力もないのだが。


「……ククッ」


 僕が大人しく口を閉じたのがそんなに面白かったのか、ヴァンパイアは気色の悪い笑い声をあげた。


「なんだよ。本当は大した情報がないってんなら早くそういえ」

「ああいや、そういうことではない。これから貴様がとるであろうリアクションを想像したら笑えてきただけだ」


 再度、ヴァンパイアの笑い声がこだまする。


「チッ! 勿体ぶっていないで早く言えよ」


 僕は苛立ちから思わず舌を打つ。


「まあ、落ち着け。そうだな。ここら辺で勘弁してやろう。耳の中かっぽじってよーく聞いておけよ、人間。――このダンジョンには、そこの女を生き返らせることのできる可能性がある」

「………………は?」

「困惑するのも無理はない。死者の蘇生など、禁忌も禁忌。神をも恐れぬ所業だからな。だが、これは本当の話だ」

「ど、どういうことだ!?」


 動揺を隠せない僕に、やはりな、とでもいいたげにヴァンパイアは笑う。


「お、おしえろ! どうすれば、どうすればいい!? どうすれば……冬華は!」


 僕は首だけになったヴァンパイアに詰め寄った。

 首を持ち上げて前後に揺らしまくる。


「おい、落ち着けと言っているだろう!?」


 もはや、悲鳴のような叫び。

 しばらくして、落ち着きを取り戻し始めたものの、やはり、僅かに見えた可能性に興奮を隠し切れていない。

 死んだ人間が、冬華が、生き返るかもしれないのだ。


 消沈していた気分が高揚するのも無理はない。


「条件は簡単。このダンジョンをクリアすること。それだけだ。ダンジョンの最奥には、“コア”と呼ばれる魔力の超圧縮体が鎮座している。“コア”は明確な自我を持ち、攻略者に対してひとつだけ、どんな願いでさえも叶える権利を与えるとされている。……まあ、我も実物を見たことはないのだがな」


 ゴクリ、と僕は喉を鳴らした。

 もともと、ダンジョンは攻略するつもりでいた。


 冬華が死に、もうここで息絶えようと思っていた心に火がついた。

 やってやる。

 やってやるよ。


 僕は密かに拳を握る。


「我が持つ情報といえばこの程度。だが、貴様には十分であろう?」

「ああ、十分な報酬だ」

「そうか、ならば、サッサと我を殺せ。我を殺さなければ、次の階層へ続く道は開かれんぞ」

「……分かっている」


 元々なんで生きているのかは分からないが、なんだか殺すのに僅かな抵抗感を感じてしまった。


 この数分、こいつと話していて、少しだけ心が軽くなっていた自分がいた。

 でも、こいつは敵だ。

 明確な敵だ。


 殺す時は躊躇しない。

 そう、殺す時は一息に。


 僕は、地面に転がる槍を手に取る。


「じゃあな」


 死を間際にした、ヴァンパイアの顔は……清々しさすら感じるものだった。




 ◆




「はぁ……」


 僕は塵となって消えてゆくヴァンパイアを見届けてから、肺に溜まった重い空気を吐き出した。


 これからやらなければいけないことの指針はできた。

 僕が生きる目標ができた。

 冬華を生き返らせることができる希望ができた。


 それはうれしいことだが、その情報源が、元凶であるヴァンパイアであることに、ちょっとだけ釈然としない気持ちがある。


 まあ、そんなことを言っていても仕方がない。


 僕は気持ちを切り替えようと、そこらへんに転がっているはずの小泉を探しだす。


「ん、あれ……?」


 しかし、いない。

 どこにいったのか。

 このフロアは開けている場所だし、見渡せばどこかにいていいはず。


 なら、どこに……?

 ゾワリ、となにか嫌な予感が走った。


 僕はヴァンパイアを殺した。

 それはこの階層から脱する扉が開かれたことを示す。

 ここから見える場所に小泉がいないということは、彼が僕を……いや、僕たちを置いて単身先へと進んだことを示している。


 しかし、単純な戦力では小泉の力はそう大したものじゃない。

 それこそ、このダンジョンを攻略しようと思うのなら尚更。

 正面からの攻略を望むなら、一人で進む理由が見つからない。


 そこまで気が合わないと言っても、僕を置いていく理由にはならないはずなのだ。


 それなのに、小泉が先走った理由。


 僕は脳裏に彼の持つスキル――【ダンジョンマップ】を思い浮かべた。

 あのスキルであれば、ダンジョンの中のことでさえあれば、この先に待つ全てが分かる。


 直接戦闘力がなくとも、裏技的に攻略することはできるのかもしれない。

 ここまで至る過程でそんな話は彼から聞かされたことはなかったが、元からこの機会を狙っていたのかもしれない。


 なんで僕たちを置いて、一人だけで行動を移したのかはよく分からないが、方向性としてはそう間違ってもいないのではないだろうか。


 まあ、僕の考えが全く見当違いで、何か別のハプニングがあったのかもしれないが。


 そんなことを考えていても仕方がない。


 僕は手早くヴァンパイアの魔石を拾い上げ、口に含む。


「これで、また少しだけ強くなれた、かな」


 全く、【魔魂簒奪】様々だ。

 僕はこの身に宿ったチートスキルに苦笑を漏らしながら、新たに現れた扉へとつま先を向ける。

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