可能性の光
冬華が死んだ。
その事実は、僕の目の前に転がる彼女の死体が証明していた。
けれど、そんな事実を信じられない自分がいて、受け入れまいとひたすら叫んだ。
喉が枯れて、瞳から流れる涙も枯れようとしていた。
その時のこと。
僕とその前に横たわる、死体となった冬華の横を何かが転がるのを横目に見た。
「よぉ……」
血に塗れて赤く染まったヴァンパイアの首だった。
「――っ!」
なんで生きているんだ。死んだはずじゃないのか。
そんな言葉が出てくる前に、僕の体は半自動的に警戒の態勢を取っていた。
が、よくよく考えれば、もうこいつと戦う必要もないのではないか、という気がしてきた。
冬華が死んでしまった今、僕は生きている意味なんてあるのか。
そんな考えがこびりついて離れないのだ。
彼女は僕に生きてほしいと願ったけれど、そんな僕には希望がない。
生きる希望が。
それに、首だけとなったヴァンパイアに何が出来るのか、というのもある。
僕は無気力な瞳でゆるり構えを解いた。
「なんだ人間、あの女が死んだことがそんなにショックだったのか?」
ヴァンパイアの声音は明確に僕を煽るようなであった。
「お前が……」
「あ?」
「お前が殺したんだろうがっ!」
無気力だった体が、怒りで震える。
「お前がいなければッ! 冬華は死ななかった!」
「……ふむ。貴様、バカか?」
怒りのままに激昂する僕へ、ヴァンパイアは冷ややかに告げた。
「貴様らは我との戦いに望んで挑んだのであろう? ならば、死ぬ覚悟くらいはしていて然るべき。あの女が死んだのは仕方のないことだ。戦いとは、そういうものよ」
首だけになったヴァンパイアは知性の宿る、怜悧な瞳をしていた。
「あの女が死んだのは力がないから、我が死んだのもまた、実力が足りなかったが故。そして、お前が生き残ったのは運と、その力によるものだ。認めろ、あの女の死を」
「ぐっ……」
正論だ。
バケモノに諭されるのは実に不愉快だが、彼のいうことが尤もなことだ、というのはわかる。
でも、感情が受け付けない。
理性と感情は別物なのだ。
理解はできても納得はできない。
僕は敵だったはずのヴァンパイアに、隙を晒したまま顔を俯かせた。
だというのに、ヴァンパイアには一切の動きもなかった。
それは、自分の体が動かせないからか、それとも、何か違う理由でもあるのか……それは僕にはわからない。
「まあ、貴様の考えも分からんでもない。我も、かつて人だった時はそうだった……」
ふと俯いていた顔を上げると、そこには、何かを懐かしむようなヴァンパイアの顔があった。
というか、それよりも……。
「人、だった……?」
まるで、元はヴァンパイアではなく、僕たちと同じ、人間だったかのような言い草。
そんなまさか、と思った。
でも、そこ言葉には嘘が混じっていないようにも思えた。
「そうだ、我も元は人間であった。とはいえ、もう何百年も昔のことだがな……」
首だけになったというのに、彼は一向に消滅する気配もなく、それどころか生き生きしている気がする。
「その昔、我にもそばに侍らせていた女がおった。たしか、魔女とか言われていたか……当時はよく変人として名を馳せていた。悪い意味でな。人間としては異端の存在でもあった彼女は、難癖をつけられ、人間どもに殺された。その時は我もまだ力がなかった故、己の無力を悔いたものだった。それから、人間憎しで今のヴァンパイアとしての力を得てからはひたすら人間を殺し続けたが……ついぞ、我の心が満たされたことはなかったな。だが、先ほどの戦いでは、久方ぶりに、満たされる思いであった。それこそ、彼女と生きたあの時のような……」
彼の口から飛び出たのは、信じがたいことだった。
数百年前というといつのことなのだろうか。
それまで、今日この日まで、その思いを抱えて生きていたというのか。
なんという執念なのだ。
それに、魔女……か。
冬華も、魔術を使えた。だから、このヴァンパイアの思い人とも重なったのだろうか。
――いや、そういえば、冬華のローブ。
これは“黒魔女のローブ”とか言ったっけ。
黒づくめで変人と言われていた魔女の着ていたローブ。
なんだか、少し似ている?
僕は何気なく、死して倒れ臥す冬華の身につけていた真っ黒なローブへと目を移した。
そして、つられてヴァンパイアも視線を辿る。
「あ、あぁ……懐かしい、物を見たな……それは、アイツの使っていた…………いや、なんでも、ない」
なんでもないわけないだろ。
鈍い僕でもわかった。
ヴァンパイアは、薄らと目元に涙を溜めているのだ。
「そうか、アイツの物が、まだ残っていたのだな……」
彼は何かを呟いていたようだが、僕には全く聞こえなかった。
ただ、ヴァンパイアはどこか、満足げな表情を浮かべていた。
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