【限界昇華】

 たしかに、本物と眷属とでは多少の差はあるだろうとは思っていた。

 だが、これほどまでとは――



 眼前にたつ、このヴァンパイア。

 その体に纏う覇気はさっきまでとは比べものにならない。

 なにかのストッパーでも外したのか、急激に存在感が増した。


 それに、さっき小泉をのした時の動き。

 今の僕では初動を捕らえるのが限界だった。


 完全に動きを起きれていなかった。

 このままだと、勝ち目がない。


 ツゥっと、背筋を冷や汗が伝う。


「冬華は後ろから援護頼む」


「わ、分かりました。でも――」


「大丈夫だ。確実……とはいかないけど、勝算はあるから」



 まあ、その勝算もあってないようなものだが。


「ほう、我に勝つ算段があるというのか?」


 僕たちの会話は筒抜けだったようで、ヴァンパイアが話に割り込んできた。

 が、僕は無理矢理笑みを浮かべて気丈に取り繕う。


 精一杯の強がりだ。

 戦う前に心は屈しないようにと。


 ヴァンパイアはそんな僕を知ってか知らずか、鋭い眼光を光らせた。


「面白い。わざわざ我が戦うのだからそうでなくてはな。精々、失望させてくれるなよ」



 背中の羽をはためかせ、優雅に宙を舞うヴァンパイア。

 対する僕は疲労で重くのしかかる体を必死に踏ん張り、地を這う。


 これだけ見ても力の差は歴然。


 けれど、僕はそれを覆す。


 見ていろ。――これが、その力だ。



「【限界昇華】!」


 僕の三つ目のスキルが発動する。

 瞬間、体中からオーラの奔流が迸る。


 限界を超えたさらにその先。

 未知の領域から引っ張り出された膨大なオーラが僕の力となって纏わり付く。


 くわえて、このスキルの発動中、他のスキルの効果も一段階上へと昇華される。


「ほう、これは……」


 ヴァンパイアも、流石に目を見開いて驚きの表情をみせた。

 さっきまでの無防備な状態から、敵と相対した時のように隙がなくなった。


 これでようやくスタートライン。


 始まるのはここからだ。

 この状態のぼくならば、ヴァンパイア相手にだって戦える。



「いくぞ、ヴァンパイア。人間舐めてると、いつの間にかその首飛んでいるぞ!!」


 叫ぶと同時に駆け出した。

 嘘みたいな加速力に僕自身少しビビっている。

 早すぎるあまり、コントロールがまだうまくできない。


 でも、構わない。


「ゴリ押しでいく!」


 地面を蹴って空を飛ぶ。

 手にもつ槍の重さは普段の五倍。

【魔魂簒奪】が強化されたことにより、“黒鬼化”、“強化外殻”と“超怪力”。“暗黒闘法”の能力もまた普段よりも高い性能で発揮されている。


 ――これなら!


 ヴァンパイアに槍が届く直前、僕はそう思った。

 そう、直前までは……。



 少し前までは焦った様子だったヴァンパイアは、なんでもないように僕の攻撃を素手で受け止めたのだ。


「なんだ。たいしたこともなかったな……」


 まるで拍子抜けだとでもいいたげに、ヴァンパイアは僕を嘲笑った。


 あれは、渾身の一撃だった。

 撃つまえから分かった。

 これは、今の僕が出せる最高だと。


 それでも、こいつの前では届かない。


 絶望が胸中で渦巻く。


「せっかく我が一対一で戦っているというのに、もうこれで終わりなのか?」


 心底つまらなそうに、ヴァンパイアは問いかける。

 失望したとでも言いたいのか?


 そんなものは勝手にしていろ。

 僕はお前の満足感を満たすために戦っていたんじゃない。


 恐怖の中にふつふつと怒りが湧いてくる。

 だが、だからといって何か現場が変わるわけでもない。


 圧倒的戦力差は覆らない。


「くそっ!」


 思わず悪態が口から飛び出る。


「なに、もう打つ手なしか?」


 と、そう呟くヴァンパイアの顔には釈然としない、と言いたげな様子がありありと浮かんでいた。


「ふむ、おかしいな。あの時の雰囲気からして、もう少しくらいは出来るものと思っていたのだが…………もしや貴様、この我相手に手を抜いているのではあるまいな」


「そ――」


 そんなわけがない。

 僕はとっくに全力を出し切っている。


 そう叫ぼうとして、やめた。

 このまま勘違いさせておけば、まだこの戦いも長引くかもしれない。


 そんな打算があった。


「そうだとしたら、なんだ?」


「もし、もし貴様が、この我相手に手を抜いているなんてことがあれば……」


 刹那のこと。

 ブルリと背中が凍るような錯覚を覚えた。

 濃密な死の気配。


 背後に死神が控えているかのような、そんな絶望感が僕を襲う。


「どうしてやろうか……?」


 ヴァンパイアの真っ赤な瞳が、僕を貫いた。

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