血の宴

「その通りだ。今度は分かったようだな、人間」


 翼を広げ、上空に佇むヴァンパイアは相変わらず薄気味悪い笑みを顔面に貼り付けていた。


「やっぱりか。あんまりにも手応えがないからそうだろうとは思ったよ」


 思わず舌打ちが出る。


「チッ。全く何体眷属とやらがいやがるんだ? もしかして、今のお前も眷属なんじゃないのか?」


 僕はヴァンパイアに問いかけた。

 もちろん、答えには期待していなかった。

 だが、油断しているのかなんなのか、このヴァンパイアは自分の情報をベラベラと喋り出した。


「なんだ、我のことが知りたいのか? ならば特別に教えてやろう。我こそが吸血鬼の中の吸血鬼。王の資格をもつヴァンパイア・ロードよ。百の眷属を従え、千の時を生きる超越種。貴様ら下等な人間では到底たどり着けない境地に至る真なる存在、それが我だ」



 バカ間抜けもいいところだ。

 それとも、この程度の情報を知られても、本当に僕たちなんかに負けるわけがないとタカを括っているのか。



「我の眷属を全て解き放てば貴様ら全員すぐにでも地獄に落としてやれるのだが……それではつまらないであろ?」


 あぁ、やっぱり舐められているのか。

 僅かな苛立ちが脳裏を横切ったが、それはむしろ好都合だ。


 舐められているなら、それを利用しない手はない。

 実際、あのレベルの魔物が百体もいればひとたまりもないからな。


 あいつが面白がって僕たちで遊んでいる内に殺さなければ。

 別に、個体としての能力だけで見れば倒せないほどではない。

 強敵ではあるが、殺せる。


 問題は眷属と本体との見分け方。

 パッと見では全く違いが分からない。


「さあ、楽しく行こうではないか、愉快な宴の始まりだ」


 僕の苦悩なんてしらぬとばかりにヴァンパイアは手を大きく広げた。

 それと同時に現れる十のヴァンパイア。

 さっきまで言葉を交わしていた方のヴァンパイアはいつの間にか姿を消していた。


 恐らくは本物はアイツだ。

 そして、この十体の中に本物はいない。

 けれど、その一体一体がいちいち無視できない強さをもつ。


 考えている暇なんて与えてくれない。

 敵は目前まで迫っていた。


「くそっ! 冬華!!」


「分かっています」


 眼前に巨大な氷塊が現れる。

 フワリと浮遊する氷の塊は数秒おいて超高速でヴァンパイアたちへと飛来していく。


 普通は避けることもできないようなスピード。

 銃から放たれる弾丸とほぼ同じ速度で発射される巨大な氷塊は凶悪の一言に尽きる。


 しかし、十の内に七体のヴァンパイアたちはこれを避け切って見せた。

 三体を屠ることはできたものの、それでもまだ状況は厳しい。


 僕は思い切って前へ出る。

 冬華からの後方支援が有ればまだ戦える。

 そう、判断してのことだ。


 槍を駆使してヴァンパイアの鋭い爪を弾き、時に刺殺し、切り捨てる。

 冬華の氷魔術による援護をうけ、苦戦しながらもついに十体のヴァンパイアを殲滅した。


「っはぁ、はぁ……」


 精神、肉体、そのどちらもの疲労から息が漏れる。

 冬華と、そして小泉も同じだ。


「やっと……一区切り」


 次はどこだ、と僕は周りを見渡す。

 すると――


「やっと終わったのか?」


 退屈そうに欠伸するヴァンパイアが無防備に宙に浮かんでいた。


「お前、本物……か?」


「さぁ、どうだろうな」


 くそっ! まじで見分けがつかない。


「それにしても……さっきからお前たちの戦いを観戦していたが、全然面白くないな」


「は? 戦いに面白いもなにもねぇだろ」


 僕たちを完全に舐め腐ったヴァンパイアの物言いに、小泉が噛み付いた。


「だいたい、自分の手で戦うことすらしない臆病者が偉そうな口聞いてんじゃねぇよ。なにがヴァンパイアだ、気色の悪い」


 煽る煽る。

 小泉は額に青筋を浮かべて喧嘩腰だ。

 まじでやめてくれ、ここであいつに本気出されたら僕たち本当に全滅するかもなんだぞ?


 分かってんのか?

 いや、分かってないんだろうけどさ。



「なるほど、確かに自分で戦わなければ面白さも半減。眷属に任せるより、自分で戦った方が良いかもしれないな」


 ヴァンパイアはなんでもないようにポツリと呟いた。

 その顔には狂気じみた笑みがある。


「話通じねぇのか? 面白れぇとかそういう話はしてねぇんだよ。脳味噌腐ってのか、テメェ!!」


 小泉は自分の挑発を飄々と受け流すヴァンパイアに苛立ちを覚えたのか、大声を上げた。

 その瞬間――体が宙を舞った。


「ガ――かはっ!」


「調子に乗るな、人間。眷属を何体か殺って勝った気になっていたようだが、オリジナルと贋作では基礎性能が違うとなぜわからない?」


「こ、小泉……!」


 小泉は地面を跳ね、転がり、傷だらけのまま倒れ伏している。

 恐らくだが、戦線復帰は難しい。


「さあ、ここからが本番だぞ、人間。せいぜい、少しくらいは楽しませてくれよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る