人質
「やった……か?」
僕は燃える剣に貫かれ、小泉の傍らで倒れ臥すヴァンパイアを睥睨する。
普通、魔物は死ねば黒い靄となって消え失せる。
しかし、このヴァンパイア、一向に消え失せる気配がない。
ということはつまり、まだ死んでいないということ。
僕は、仰向けに倒れるヴァンパイアに追撃を仕掛ける。
側から見れば瀕死の人間に襲いかかる悪党のようだが、ここでそんなことを気にする人間なんてのはいない。
手に持った槍を心臓に向かって振り下ろし、穿つ。
なんの抵抗もなく、石突きはヴァンパイアの胸を貫いた。
……だというのに、ヴァンパイアは未だ消えない。
「ど、どういう……ことだ?」
思わず困惑の声が漏れた。
動く気配はない。
見た目は死体。なのにこれ以上の変化はない。
「なぁ、小泉何か――」
分からないか? と、そう問いかける前に冬華の短い悲鳴が耳に届いた。
バッと振り返り、冬華のもとへと視線を向けると、そこには冬華を押さえつけたまま不敵な笑みを浮かべるヴァンパイアがいた。
「な、なんで……お前の死体は確かにそこに……」
そう、ヴァンパイアの死体はさっきと変わらずそこにある。
じゃあ、こいつはなんだ?
分からない。分からない、分からない。
頭が混乱している。
優勢だったはずの僕らが一気に形成逆転、劣勢に。
人質をとられて、向こうの気分次第で冬華の首が飛んでしまう状況にまで陥った。
最悪だ。
「ハッ! 死んだと思ったか、人間」
ヴァンパイアは冬華を組み伏せたまま、愉快に笑う。
かなりの力で押さえつけられているのか、冬華は苦悶の表情を浮かべながら小さく呻き声を漏らしていた。
「そいつは我の眷属よ! 心臓を突き抜いたとて、我が死ぬわけではないわ!」
眷属。そうか、眷属か。
当たり前のことだが、そんなものがいる可能性なんてのは考えてすらいなかった。
ギリリと悔しさからつい歯軋りする。
とはいえ、いまさら後悔しても遅い。
今考えるべきはこの状況をどうやって脱するか、それだけだ。
まず第一に優先すべきは冬華の奪還だろうが、どう動くべきなのか。
下手に手を出せばこのヴァンパイアはすぐにでも冬華を殺してしまう可能性がある。
「面倒な……」
思わず漏れた独白にヴァンパイアの笑みは一層深まる。
「この女を殺されたくなければ……そうだなぁ……お前、しね」
彼が指さしたのは僕だった。
冬華を殺されたくなければお前が死ね、とそう言っているのだ。
なんて理不尽だ。
もちろん、従う気はない。
そもそも、こいつの言いなりになって僕が死んだとして、冬華が本当に解放されるのか、そのあと、無事でいられるか分からないのだから。
ただ、僕が行動に移さなければ本当に冬華は死んでしまう……かもしれない。
脳を必死で回転させる。
しかし、一向にいい案は浮かんでこない。
焦りからか、身体中からブワッと汗が噴き出す。
「さぁ、早くしろ。この女がどうなってもいいのか? ん?」
「く……そがッ!」
僕は手に持った槍に目を向ける。
自害するなら、これを使うしかない。
「わかった……お前の望み通りにする。だから、彼女は解放してくれ」
もちろん、そんな気はない。
少しでもヴァンパイアの注意をひくための虚言。
「バカか、貴様は。こいつを手放したらお前が死ぬ理由がなくなるであろう?」
ごもっとも。
だが、口だけは止めない。
一秒でも長く、ヴァンパイアの意識を僕へと集中させる。
「そんなことはないさ。彼女が自由になれば、その時点で僕は自害してやってもいい。ようは、お前の言っていることが本当かどうか。それだけ分ければいいのさ。僕が死んだってね」
身振り手振りを大きく。
視線を集めやすいように。
そして、狙い通り。
彼の注意が僕へと向かう。
意図せずに、冬華を拘束するヴァンパイアの両手が僅かに緩んだ。
瞬間。
ヴァンパイアの体が氷に包まれる。
冬華の氷魔術だ。
ずっと、虎視眈々とこの機会を狙っていたのは、彼女の顔を見て分かっていた。
冬華が僕にどうして欲しいのかも、自然と察しがついた。
これで、冬華の体は自由に。
再び、戦況は五分の状態にもどったということだ。
いや、若干僕たちの方が優勢か?
ヴァンパイアは未だに凍結状態からの抜け出せていない。
もちろんのこと、この程度で死ぬわけがないのは分かっている。
「と、なれば……」
僕は槍を構えて凍ったヴァンパイア目掛けて振り下ろした。
ガァンっ! という音とともに氷は砕け散り、同時にヴァンパイアの体も粉々に砕け散った。
だが――
「違う。本体じゃない。さっきと同じ、眷属か!?」
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