ヴァンパイアとの攻防

 九十六階層、ボス部屋。

 そこでは今、熾烈な戦いが繰り広げられていた。


 相対するは背中に蝙蝠の羽を携え、瞳は赤く、鋭い歯を持つ人型の異形――ヴァンパイア。


 そんなヴァンパイアに対して前衛を務めるのが僕。

 そして、それを遠距離から魔術によって補助するのが冬華。


 小泉は遊撃としての役割を担っている。


 普通に考えれば三対一のこの状況、僕たちが有利であると言っていいはず。


 なのだが――


「くっ!」


 僕は重苦しく、息を吐いた。

 押されている。


 このヴァンパイア、前の階層ボスよりも数段以上強い。

 パワー、スピードもさることながら、能力が厄介すぎる。


 指先から伸びる長い爪は鉄よりも硬く、背中に生えた蝙蝠のような翼での自由飛行で空に逃げられることもしばしば。

 ヒットアンドアウェイの戦法でじわじわと責められている。


 さらに、眷属という奴なのか、数匹の蝙蝠を従えて妨害行為を行なってくるのも一々うざったい。

 それに加えて、血を操る能力だ。


 正直、これに一番苦戦している。

 相手を傷つければ血という武器を増やすことになり、自分たちが傷つけられてもまた、僕たちの血を制御下に置かれる。


 しかも、傷口から幾分かの血をさらに出血させることも出来るようで、こう頻繁に血をもっていかれては貧血症状が出てしまうかもしれない。


 どうにかしないと。


 僕は“再生”の力を強めて傷の治療を促し、“黒鬼化”で身体を強化。

 さらに、九十一層のミュルミドンから簒奪した能力――“強化外殻”と“超怪力”。

 九十二層のボス、デュラハンから奪い取った“暗黒闘法”を発動させる。


 体中が黒く変色、額には鬼の角。

 筋肉はさらに膨れ上がり、体表は信じられないほどの硬度を持った。

 加えて、黒い湯気のようなものが体のあらゆる場所に纏わり付く。


 持てる全てのバフをかけまくり、コンディションはこれで最高潮。


 さらにさらに、槍に魔力を注ぎ込んで重量を上げる。

 身体能力が桁違いに跳ね上がった今なら、とんでもない重さになったとしても軽々と振るうことができるのは大きな利点だ。


「よし、これなら……」


 さっきまでは押され気味だったが。


 僕は一度開けた距離を瞬き一つの間に詰める。

 ヴァンパイアは急に動きの変わった僕に困惑している様子。


 その隙を突いて、僕は心臓むけて槍を突き出した。

 だがしかし、ヴァンパイアは咄嗟の判断でこれを回避。


 またしても上空に逃げられた。

 ただ、惜しかった。

 もっと決定的な隙を突くことが出来れば、次は絶対に外さない。


 その証拠に、ヴァンパイアは今も荒い息を吐いて、額には汗をかいていた。

 元々鋭い瞳はさらに鋭利さを増し、憎々しげに僕を睨みつけている。


 そんなヴァンパイアに、巨大な氷塊が迫る。

 冬華の氷魔術だ。


 一つ、二つ、三つとヴァンパイアの逃げ道を塞ぐように、次々とその数は増していく。


 ただ、空中を自由に動けるヴァンパイアにとっては、そこまでの妨害にはならないのか、なんでもない雰囲気で軽々と交わしている。


 が、そんなことをしている状況でさらに攻撃を増やされればどうなるのか。


 僕は口角を吊り上げ、“放水”でヴァンパイアを狙う。


「ふんっ! ただの水なぞが我に効くとでも思ったかぁ!!」


 自信満々にヴァンパイアは片手で僕の放った水の砲弾を弾き飛ばす。

 しかし、その手には多量の水が滴っている。


 僕を尊大な態度で見下していたヴァンパイアは、次の瞬間、己の手に違和感を感じた。

 極寒。


 最早、感覚がなくなったかのようにすら感じるこれはなんだ? と。

 ふと、彼は自らの手に視線を移す。


 すると、ただ濡れていただけの手が、カチカチに凍り付いていたのだ。


 なんだ、これは……?

 どういうことだ、と当惑するヴァンパイア。


 答えは簡単だ。

 ヴァンパイアの手に付着した水を冬華が凍らせただけの話。


 冬華の魔術は水が有ればそのパフォーマンスを大幅に向上させることは以前から知っていた。

 経験の勝利だ。


 まあただ、これだけで勝てるとは流石に思っていない。


 “放水”で空中に水を散布。

 ヴァンパイアはそれを必死で避ける。

 だが、水の散布範囲は広い。


 必然的に体の何処かにはかかってしまう。

 肩、頭、脚、そして――翼。


 翼を凍りつけられれば、今までのように自由な飛行は出来なくなる。

 計算通り、ヴァンパイアは大人しく地上に降り立った。


 さっきまでよりも息が荒い。

 ずっと回避行動を続けていたためだろう。

 それにしても体力の消費が激しいように思うが、翼を使うのは普通よりもエネルギー消費が大きいということだろうか。


 なんにしろ、これは好機。

 追加に極太のウォーターレーザーを射出。


 慌ててヴァンパイアはこれを回避。

 そこに狼型の魔獣が横合から飛び出してくる。

 小泉のスキル【従魔召喚】より呼び出された従魔だ。


 戦力としてはそこまでではないが、囮りとしては優秀だ。

 ヴァンパイアは鬱陶しそうに狼を蹴飛ばし、僕たちからバックステップで距離を取る。



「くそっ! 下等生物どもの分際でぇっ!」


 ヴァンパイアの姿は酷いものだ。

 全身が水で濡れるか凍らされている。

 それに、所々に切り傷が目立ち、最初の高貴さは微塵も感じられない。


 しかし、さっきから肝心なところでぼくたちも決めきれていない。


 もうそろそろ、勝負を付けたい。


 僕は槍で強く地面を二度叩いた。

 これは、合図だ。


 ――やれ。


 口には出さない。

 感づかれないように。


 瞬間、ヴァンパイアの背中に一つの気配が浮かび上がる。


 小泉だ。

 僕のスキルのうちの一つ、【隠術】を使って最初に気配を隠し、それ以降ずっと隠れてもらっていた。


 ヴァンパイアはすっかり小泉の存在を忘れていた。

 ちょろいものだ。


 小泉自体はそこまでレベルが高いわけではないが、彼の持つ宝剣は最高レベルの超業物。


 燃え上がる刀身ヴァンパイアの心臓を抉った。

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