ヴァンパイア
ヴァンパイア。吸血鬼。
創作物などでよく目にするソレは、大抵が日の光やニンニク、銀やら十字架やらに弱点を持つことが多い。
しかし、その代わりというべきなのか、人間では到底太刀打ちできないような能力を備えている、というように描写されることが多い。
のだが……はてさて、僕らの目の前のヴァンパイアはどうなのか。
僕は案外、冷静に、客観的に思考することができていた。
日の光……は、ダンジョンという建物の中にいる以上頼りにできない。
ニンニクは当然ながら、そもそも持ってきていない。
十字架もソレと同じ。
生憎と、銀で出来た物も持ち合わせていなかった。
「弱点から攻めるって手は使えないか」
僕はボソリと独白した。
「ほう、そこな小僧。我が弱点とやらを知っていると言うか?」
僕の呟きはそれこそ、隣の冬華にすらも聞こえないほど小さな物だった。
しかし、それを目の前のヴァンパイアは聞き取った。
なんて地獄耳なのだろう。
いや、というか、それ以上に……。
「お前、喋れるのか……!?」
「何を言っている? 下等な獣や虫ではないのだ。言葉を使うことくらい当然のことであろう?」
「いや、でもお前は魔物なんだろうが!」
「……魔物? 何だそれは」
「魔物じゃ、ない……のか?」
「ふむ、貴様らの言うそれが何なのかはよく分からんが、我は我であってそれ以外の何者でもない」
偉そうに踏ん反り返りながら、彼はそう言った。
「……で、貴様らは何の用があって我が元を訪れた?」
尊大な態度は相変わらずだが、このヴァンパイアには、話を聞こうとする寛大さも同じく備わっていた。
これなら、もしかしたら戦わずに素通りさせてくれるかも。
僕の脳裏を僅かながらに、そんな考えがよぎった。
「ぼ、ぼくたちはこの先へと進みたいんだ。通してもらえないか」
「ふむ……」
ヴァンパイアは顎に手を当てて考え込むような格好をしたまま動きを止めた。
「対価次第では通してやってもよいぞ。別に我としても損があるわけでもないのでな」
「ほ、本当か!」
「ああ、我は下らぬ嘘なぞつかん」
クフフッと不気味な笑いを残したヴァンパイアに若干の不安を覚えたものの、明らかに強そうな相手との戦いを回避できたことに対する歓喜が上回った。
僕と冬華、そして小泉は互いに顔を見合わせる。
「それで、対価っていうのは? 済まないが、今の僕たちはそこまで大したものは持ち合わせていないのだが……」
しかし、対面するヴァンパイアの次の言葉で空気が凍った。
「なに、そう難しいものでもない。貴様らのうち、誰か一人を我の供物として置いていってくれるだけで構わない」
「…………は?」
沈黙は長かった。
考えが追いつかない。
供物? 置いていく? なにを言っているんだ?
「どうだ、安いものだろう?」
僕の脳が混乱を極めている時、ヴァンパイ当ててが狙ったように愉快な声でくつくつと笑う。
安い。
なにが?
僕たちの命が、ということか?
そんなことあるか。
安いわけがない。
そう簡単に捨てられるものじゃない。
やっぱり、戦うしかないのか。
僕は諦めて槍に手をかけた。
それと同時に、冬華は杖を、小泉は剣を構える。
「ほう、この我と戦うというのか。誰か一人を捨てれば見逃してやるというのに、わざわざ全員が死ぬ道を選ぶ、と?」
「そんなの、やってみないと分からない」
僕は気丈に言い放った。
勝算はある。
まだ相手の力量を測りきれたわけではないが、戦えないほどヤバい相手だとも思えない。
「いいや、わかり切っている。愚かな人間風情が、我に勝てるわけもない。全く、大人しく供物を差し出しておけばいいものを、無駄な抵抗なぞしおって」
ぶつくさと言いながらも、ヴァンパイアの顔には気色満面の笑みがあった。
まるで、最初からこうなるのがわかっていたかのよう。
ああ、そうか。
最初っから、希望を持たせてから、絶望を味合わせて殺すつもりだったんだ。
僕は悟った。
もし、あそこで一人、誰かを供物として渡したとして、それでも僕たちを無事に素通りさせてやるつもりなんかも、コイツにはなかったんじゃないだろうか。
推測の域を出ないが、間違った考えだとも思えない。
あのヴァンパイアのことを深く知っているわけでもないが、決していい奴とは口が裂けても言えない。
そんな奴と、まともな交渉なんかできるはずがなかったんだ。
ここを通るには実力で押し通らねば。
それなら、いつもと変わらない。
「お前を殺して、僕たちは先に行く!」
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