限界の更にその先へ

 ゴクリ。

 僕の生唾を飲む音がよく響いた。


「そうだな、貴様に生きることへの絶望を感じさせながらジワジワと殺してやろうか」


 それとも


「殺さずに我の奴隷として生き地獄を見せてやろうか」


 それとも


「仲間同士で殺し合うように仕向けてやろうか」



 ……それとも


「そこの女を貴様の目の前で殺してやろうか」


 ニヤリと、ヴァンパイアが歪んだ。

 視線の先には冬華。


 バッと、僕は振り返る。



「――逃げろ、冬華ぁぁぁぁあ!!」


 必死の形相で叫んだ。

 けど、そんなものはもうとっくに無駄なことで。


 巨大な氷塊を生み出してヴァンパイアに投擲する冬華。

 それを軽々と躱してさらに距離を積めるヴァンパイア。


 僕はそれを、眺めていることしかできなかった。


 そして――


 ヴァンパイアの青白い腕が、冬華の華奢な体を貫いた。

 胸に一撃。


 ぬちゃっ、とヴァンパイアが腕を引き抜くと、冬華の胸にはポッカリと大きな風穴が出来ていた。

 見るからに致命傷だった。


「か、カハッ……!」


 虚な瞳で地面に倒れる冬華。

 無感情な顔でそれを見下すヴァンパイア。

 そして、何もできずにただ傍観しているだけの、僕。


 思考が追いつかない。

 急展開が過ぎる。

 動揺で頭がおかしくなっている。


 でも、これだけはわかる。


 すぐに冬華を助けないと、死ぬ。

 そして、冬華を助けるためにはヴァンパイアが邪魔だ。


 なら、僕はどうすればいい?

 簡単だろう。

 答えは出ている。


「――殺す」


 ヴァンパイアを。

 でもどうやって? 


 わずかに残った冷静な自分が問いかけてくる。

 さっきの一瞬の攻防で分かった筈だ。

 僕の最大の攻撃でさえも、アイツは軽々と防いでみせた。


 これ以上どうすればいいのか。と。



 ――知ったことか。



 怒りが冷静な部分を塗りつぶした。

 勝算なんか度外視で、あのヴァンパイアを殺してやると、僕の中の何かが叫んでいる。


 さっきの攻撃は僕の本来の限界を超えたものだった。

 そして、それは防がれた。


 だったら、その限界さえも超えた先に手を伸ばせばいい。

 それも届かないというのなら、それさえも超えてやろう。


 今、僕のリミッターは解き放たれる。


 脳の血管がブチリと切れた音がした。

 感じ取れるほどにわかる筋肉と骨の酷使に体の節々が軋みを上げる。


 だが、それ以上に湧き上がるパワーに高揚する。


「こっちだ、こっちを見ろ、ヴァンパイアあぁあ!!」


 相手の反応なんて気にしていない。

 僕はただひたすらに突っ込んだ。

 作戦なんてない。


 怒りに任せた斬り込み。

 手に持った槍が盛大に振るわれる。

 だがしかし、それは無様にも空を切る。


 擦りもしなかった。

 でも、その代わりにヴァンパイアは大きく後退し、冬華から引き離すことには成功した。


「待ってろ、冬華。すぐに助けるから」


 九十層で手に入れたあのポーションを使えれば、致命傷だって治してくれるはず。

 もちろん、冬華の傷だって圧倒いう間に。


 でも、死んでしまえば治せない。


 使うなら早い段階でなければならない。

 できることなら今すぐにでも使ってやりたい。

 でも、今ヴァンパイアから視線を外せばすぐに殺される。冬華も、僕も。


 冬華が自力でポーションを服用できれば問題は無いのだが、それもできそうにない。

 あれから、冬華は指一本動かせていない。


 それだけ重症ということだ。


 追い詰められている、という自覚はあった。

 そして、それは相手側も認識していることだろう。


 その証拠に、ヴァンパイアは余裕そうな笑みを崩さない。


「さっきの攻撃はなかなかいい。我に傷をつけられる程度の威力はあったのではないか?」


「まぁ、当たらなければ意味はないが」と、ヴァンパイアは僕を見下ろす。


 次いで、冬華へと目を向ける。

 その瞳に宿っていたのは冷酷な色。


「それで、さっきの男は役に立たず、女は死に……お前はどうするのだ? まだ、我に反抗するか?」


 さっきの男とは小泉のことか。

 たしかに、アイツは一度吹き飛ばされてから未だに立ち上がってきていない。

 気を失っているのか?

 ヤツの言う通り、この戦いではやくに立たないだろう。


 根本からして、レベルが足りなかった。

 それはしょうがない。


 それで? 女……というのは冬華のことか?

 だったらおかしいよな?

 死んだ? まだ、死んでないだろ?


 だって、いまもまだ息をしている。


「ああ、その女が気になるのか?」


 僕の視線に目敏く気づいたヴァンパイアが声を上げる。


「おまえもわかっていよう? その傷で救かるわけが無い。もって数分。貴様がどうこうできる問題でもあるまい。キッパリ諦めることだな」


「チッ!」


 僕は沸き立つ苛立ちから、あからさまに舌打ちをした。


 が、ヴァンパイアは僕たちが致命傷を治療できるだけのポーションを所持していることまでは把握していない、というのが分かった。


 一番最悪なのはポーションを奪われる!または破壊されることだった。


 このままバレなければ、その心配はしなくても良くなる。



 であれば、こいつをただ殺せば全ては解決。

 僕はそれだけを考えればいい。


 時間制限は長く見積もって五分程度。

 それまでに僕は、こいつを殺さなければいけない。



 とんだ無理ゲーだ。

 普段だったら放り投げてしまいそう。


 でも、そんなことはできない。

 やるしか無い。


 限界の限界の限界を超えるだけじゃあまだ届かなかった。


 じゃあ、決まってるよな。

 ――もう一度、限界を超えろ。

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