空腹問題
「で、次はどうするんだ?」
僕は【ダンジョンマップ】片手に唸る小泉へと問いを投げかけた。
「そんなもん決まってる……さっさとこの階層を攻略するんだよ」
「……は? いやいやいや、いくらなんでもそれは早すぎるんじゃないか?」
「早過ぎなもんかよ。俺たちはともかく、お前のレベルなら、ここのフロアボスくらい楽勝のはずだぞ」
さも当然、とでも言いたげに小泉は言い放った。
しかし、そんなことをすぐに信じられるわけもない。
「僕はさっきも死ぬ思いするくらい苦戦したんだぞ? それなのに、フロアボスに敵うなんて……」
それに、次は冬華と小泉もいる。
果たして守りながら戦うことなんてできるのか。
そんな僕の杞憂をどこ吹く風と小泉は泰然とした態度を崩さない。
「何言ってんだよ。さっきの魔物はフロアボスよりも強いんだぞ。もしかしてお前は格下に負けることを危惧しているのか?」
「は?」
フロアボスが格下?
獣王の方が強い?
なんだそれは、聞いていないぞ。
僕はそんな意図を込めて小泉に目をやるが、彼は気にした様子もない。
「俺も、それを知ったのはついさっきだ。そもそも、あの魔物の事前情報は【ダンジョンマップ】にすら載っていなかった。つまりはイレギュラーってことなんだろう。運が良かったな」
小泉は他人事のようにそう言った。
「運が良かった……ね」
まあ、そうだ。
僕は運が良かった。
一度、本当に死んだと思った。
それでも、思いがけない力のおかげで運良く生き残った。
「全くその通りではあるが……本当に僕だけでフロアボスは倒せるのか?」
「……さっきも言っただろうが、九十階層フロアボスは、お前よりも数段レベルが低い。所持している能力も、獣王とかいう魔物の下位互換のようなもの。ほらな、勝てない道理がないだろう?」
「まあ、そこまで聴けば……たしかに」
彼の持つ情報は確かなはず。
これまで僕たちに伝えられてきた情報の中にも間違ったものはなかった。
獣王はイレギュラーってことらしいが。
であれば、獣王同様のイレギュラーさえ起きなければ、僕はフロアボスを単独でも討伐できるということになる。
本当か? という思いがないわけでもない。
しかし、ここで何日も燻っているわけにもいかない。
ウダウダしていればしているほど、それだけ心に迷いが出てくる。
「っつても、今日今すぐに決行ってわけじゃないぞ」
僕が決心を固めようとしたその瞬間に、小泉が口を挟んだ。
「今は地上の時間で午後八時ごろ。お前も戦闘続きで体に疲れがあるだろうし、精神衛生上良くない。それになにより……腹が減った」
「お、おぅ……そういやそうだ」
まじか……もうそんな時間だったのか。
手元に目を向ければ半壊状態の時計があった。
恐らく、獣王との戦いの時に壊れてしまったのだろう。
外せば良かったな……と考えるものの、そんなものは後の祭り。
僕はそっと時計を外してマジックバックの中に仕舞い込む。
自覚により襲いかかってきた疲労感に押し負けて地面に腰を下ろすと、グゥッとお腹が鳴った。
「腹へったな」
「でも、食べ物はないですよね……」
僕がポツリと呟いたその声に反応して、冬華が言う。
「ちょっとした携帯食くらいなら持ってきているけど……一食、節約しても二食分がせいぜいだな」
お前はどうだ? と小泉に問いかけるも、期待した答えは返ってこない。
「俺は何も持ってきていないぞ。そういった類いは一緒にいた連中に持たせていたが……全員そのままパクリと喰われてしまったからな」
「あぁ……そうか」
一瞬、お通夜のようは空気が漂う。
「でも、考えはあるぞ」
その空気を小泉が一掃。
僕と冬華は空腹のあまり、前のめりになって小泉へと詰め寄った。
「か、考えってなんだ!」
「何かご飯があるんですか!」
「ま……まあな。でも、俺が持ってるってわけじゃない」
「それなら、どうするんだ?」
僕の指摘に肩をすくめ、小泉は獣王からドロップした巨大な肉塊を指さした。
「――あれを食えばいい」
「……まじでいってるのか?」
「まじもまじ。大マジだ」
彼の顔には真剣な顔。冗談を言っている風ではない。
「でも、見るからに体に悪そうな色だぞ? 食えるのか?」
「問題ない。というか、そこらの肉よりも段違いに旨いらしい」
ゴクリ、と喉を鳴らしたのは誰だったのか。
僕か冬華か小泉か。
もしくはその全員だったのかもしれない。
「ただ、どうやって火を通すか……だな。あの肉は火に耐性があるらしいのに加えて、俺たちは火をつける手段を持ち得ていない」
「そ、それじゃあダメじゃないですか」
あからさまにガッカリした様子を見せる冬華。
期待していただけにそのテンションの下降具合も大きい。
……が、僕には心当たりがあった。
「いや、もしかしたら大丈夫かもしれない」
ついさっき獣王の魔石を取り込んだことによって、僕は獣王・レーニコルの能力の一つ『獄炎吐息』を使えるようになった。
多少、火加減の練習は必要になるが、まあ、いけるだろ。
僕は肉の味を口の中に夢想しながら、意気揚々と口を開いた。
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