獣王肉

 僕の口から放射されるは赤黒い焔。

 試しにと放ったそれは地面を焼き、空気を焦がした。


「うっわぁ……」


 僕はあまりの威力に頬を引きつらせた。

 そして、それは冬華たちも同じだった。


 いや、僕は獣王の使うところを見ていたからまだマシだったが、初見の冬華と小泉にとっては想像の埒外のことだったろう。


「これ、ちゃんと火加減できるようにならないとまともに使えないな……」


「肉自体に炎耐性があるらしいが、それがどれほどのものかもわからない。そのままの威力でも調理可能かどうか調べるのも、数少ない素材が無駄になってしまうから却下となれば、まあ、それしかないわな」


 僕は、はぁっ、と一息ついてから、再び地面に向けて『獄炎吐息』を放射。

 今度は極力威力を抑えるように意識してみた。


 すると、先ほどよりも少しだけ炎の密度が下がった気がした。



 それから試行錯誤すること一時間。

 地上時間で言えば午後九時を過ぎたころ、ようやく炎の威力調整が様になってきた。


「こんなもん……かな?」


「早速試してみますか?」


 そう尋ねてきた冬華の手の中には切り分けられた獣王の肉の一部があった。

 待ちきれなかったのか、ギラギラとした目で肉をこちらに差し出してきた。


「あー、うん」


 僕は見た目だけは健康に良くなさそうな肉を手に取る。

 が、ここで問題が。


「どうやって焼こうか……」


 手に持ったまま焼くのは危険だし、かといって地面に置くのは汚い。

 皿なんてあるわけもないし、よしんばあったとしても炎に溶かされてなくなってしまう。


 じゃあ何か串のようなものに肉を刺して焼くのはどうだろうか……。


 そう思って周囲を見渡すと、僕の視界内に入ってきたのは新品の槍と小泉の持つ剣。

 だった……のだが……。


「そ、そういえば、その剣」


 僕が小泉の腰に差している宝剣を指差すと、「これがどうかしたか?」とばかりに首を傾げる。


「そいつの効果ってさ……」


「……あ」


 僕と小泉は互いに気まずそうに目を逸らした。


「そいつがあれば、今すぐにでも焼ける……よな」


「ああ」


 小泉の新たな剣。

 宝剣・フランタール。

 その効果は剣身に描かれた紋章に触れることにより、炎を纏うというもの。


 これがあれば、僕が地道な特訓なんてしなくとも肉を焼くことができたわけだ。


 何というミス。

 何という見落としか。


 僕は一時間かけた炎の威力調整訓練を使わなくなったという事実に不快ため息をこぼしながら小泉へと肉を手渡す。


 脂でベトベトになった手を冬華の氷魔術で作った氷を溶かすことで作り出した水で洗い流す。

 その間に、小泉は肉を剣にぶっ刺し、剣身の紋章に触れる。


 すると、僕の赤黒い焔とは反対に白金色の鮮やかで荘厳な炎が剣を包んだ。


 肉は、炎に耐性があるとはいっても、そう高い火力にまで耐性があったわけではなかったらしく、十数分も待っていると、ジワジワと茶色に色づき始めた。


 これで、もし僕が『獄炎吐息』を威力調整も何もせずに使っていたら、灰も残さず燃え尽くしていたことだろう。



 結局、訓練はしても使わなかったが、この方法でうまくいっているなら、それはそれでいいか、と僕は頭を切り替えた。


 そして、次は襲ってくる肉の野性味あふれる強い匂いに惹かれた。


 まだ食べていないというのに、口の中で体力の唾液が分泌される。

 もう待てないと体が疼く。



「ま、まだ食えないのか?」


「まあ、待てよ。獣王の肉なんて食ったこともないんだ。生肉の状態で食って、腹壊したりなんかしたらどうしようもないだろ? それに、後ちょっとの辛抱だ。少しくらい大人しく待っていろ」


「うぅ……お腹が空きました」


 冬華が再び腹の虫を響かせる。

 それから一分か二分か、五分か十分か。


 僕らは肉から滴る汁が炎の中に消えていくのを歯噛みし、ついにその時はきた。


「――よし、もういいんじゃないか?」


 その言葉と同時に剣身から炎が消える。

 とはいえ、肉は余熱で熱いまま。


 皿もない状態でどう食べようか……となったところで使うのは冬華の氷魔術。


 レベルアップのおかげで氷で複雑な物でも作れるようになったらしく、器用に皿を三つとフォークとナイフを各々三つづつ作り出す。


 小泉が肉を剣で捌いては皿の上に乗せていく。

 見た目は普通よりも大きめのステーキといったところか。


 皿は氷であるから、徐々に肉の熱を奪っていくだろうが、それはしょうがないと諦めた。


 フォークとナイフも、手に持てば冷たいが、我慢できないほどじゃない。

 僕らは、空腹に我慢も出来ず、盛られたステーキに勢いよくガブついた。


 そして驚く。

 びっくりするほど柔らかいのだ。

 それに加えて、噛むたびに肉汁が溢れるジューシーさ。


 さらに、塩などの調味料は一切使っていないにも関わらず味がするのだ。

 濃厚な、今まで食べたことのないような。


 そんなこんなで、結構な量があったステーキもあっという間になくなった。

 普通、これだけの量を食えば腹がいっぱいになって満足するところだが、この肉についてはそうではない。


 もっと食いたいと衝動が走る、そんなレベルの違うものがあった。

 金持ち坊ちゃんの小泉も、「A5牛のステーキより上手い……」と呟いていたから間違いない。


 ま、僕はそんな高い肉、食ったこともないんだけどね。

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