獣王討伐

 胸に走った強烈な痛み。

 それはやがて身体中に浸透を始めた。


 全身を焼かれるような感覚に、たまらず僕は体を硬直させてしまっていた。

 それはどうしようもないほどの隙。


 足と尻尾、そして胸に感じる痛みに怒り狂う獣王が、そんな僕を放っておくわけもなかった。


 気づいた時、僕の体は強烈な衝撃に吹き飛ばされ、壁に激突。受け身を取ることも叶わず、そのまま地面に転がった。


 息ができない。苦しい。


 地に伏せながらのたうちまわり、やっとの思い出息を吸えたと思ったら、口の中に感じたのは鉄の味。

 ゴフッと口から血を吐いた。


 体もさっきまでの軽快さは無くなり、酷い鈍さを感じる。

 血走った目をギラつかせる獣王レーニコル。


 その瞳には、絶対に殺してやるという強い意志が灯っていた。

 “死”という一語が僕の脳裏をよぎる。


 絶体絶命。


「万事休す……ってか?」


 僕はギリリとどうしようもない現状に歯噛みしながらも、半ば諦めたようにポツリと呟いた。

 そして、獣王・レーニコルは動き出す。

 ドスンドスンとその巨体が地面を揺らし、ゆっくりと、焦らすように。


 彼我の距離が僅か二、三メートルという程度にまで迫った時、獣王はガパッと口を開いた。

 依然として、僕の体は動かない。

 しかし、慈悲などなかった。

 救いなどなかった。


 ――獣王・レーニコルの口から、煉獄の炎が放射される。


 そうして僕は……死んだ。

 暑さも、痛みもなく、ただ僕は死んだ。



 はずだった。

 そのはずだったのに……。


 僕は生き返った。

 まるで僕が死んだという事実がなかったことになっているみたいに。

 服も体も五体無事なまま、僕はそこにいた。


「は……なん、で?」


 驚愕から思わず声が漏れた。

 瞬間、頭に直接音が響いた。


 《【魔魂簒奪】の能力が自動発動しました》

 《取り込んだ魔魂の内、一つを消費。保有者の身体を更新しました》


 今までになかった現象だ。

 僕の頭の中で、再びの混乱が巻き起こる。


 が、一度冷静になろう。

 僕が今生きているのは、僕の知らなかった【魔魂簒奪】の力のお陰。


 あの声がなんなのかは分からないが、今は自分が生きていたことに感謝。


 そして、ここからどうするか、だ。


 僕の目の前にさっき僕を殺しやがった獣王がいることに変わりはない。

 そんでもって、僕にはこいつを殺す手段がない。


 おそらくだが、さきほど僕が獣王に地面に叩きつけられた時には、強化薬の効果は切れていた。

 あの時の体の鈍重具合はそのせいだと思う。


 今はそれほどでも……。

 ん?

 あれ?


「体が重くないぞ?」


 寧ろ軽い?


 僕は違和感に気がついた。

 強化薬を服用していた時と同様……いや、それ以上に体が軽くて仕方がないのだ。

 なんで今まで気付かなかったのかというぐらいに。


 僕が僅かな戸惑いを見せているその間。

 自らが殺したはずの僕を視界内に収めた獣王・レーニコルは、まるで兎のような地団駄を踏みながら怒り狂っていた。


 だが、僕はそれに恐怖することはなかった。

 なぜだかは分からないが、怖いと思わなかったのだ。


 滾る自信。

 湧き上がる力。


 今なら、こいつを……散々辛酸を舐めさせられたこの獣王さえも殺すことが出来るという根拠のない自信があった。


 僕は槍を無造作に構える。

 “黒鬼化”。


 肌色が黒に変色。

 筋肉が圧倒的なまでに盛り上がる。


 体内をめぐるエネルギーはさらに昇華。


 準備を万端に整えた僕へと、潰された足を引きずりながら力任せに迫る。

 彼の獣王に作戦を巡らせる脳はない。

 怒りに染まっているから、というのもあるだろう。だが、それ以上に、自身の力に酔っているからだ。


 そして、僕という存在を徹底的なまでに下に見ているからでもある。


 そも、怒り狂っているのも、格下に傷をつけられた……程度の認識のはず。

 でも、だからこそやりやすい。


 快調を通り越して、過去最高に絶好調な体は、僕の想像通りに動きを再現する。


 迫りくる獣王に対して【隠術】を使用。

 僕の姿が一瞬にして掻き消えたように見えた獣王は唸り声を上げながら困惑。

 キョロキョロと辺りを見渡す。


 その隙に僕は跳躍。姿を消したまま、気付かれずに獣王の頭へと飛び移り、脳天へと槍を突き刺した。


 抵抗感は全くと言っていいほどなかった。

 本来鉄よりも硬いはずの頭蓋骨を破り、穂先は脳へと進出。

 そのせいで刃がボロボロになってしまったものの、脳の中で砕け散った鉄片は獣王に延々と異物感を味合わせる。


 勿論、これに獣王は絶叫。

 ジタバタと四肢をバタつかせ、のたうちまわる。

 だが、そんなことをしても意味はない。

 これだけの傷であれば、いくら強いとは言えどうしようもない。


 数秒か数十秒か。

 獣王は抵抗を続けたがしかし、その末に動きを止めた。


 僕はそれでもしばらく警戒をやめなかったが、獣王の体が黒いモヤとなって消えた瞬間に、その警戒心も一気に解れた。

 そこに残ったのは、赤黒い色の魔石とどす黒い色をした肉だけだった。

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