叫び、痛み

 威勢のいい啖呵を切ったものの、僕は遠距離から繰り出される黒い炎による攻撃のせいで上手く距離を詰めることができないでいた。


 “放水”での応戦でなんとか拮抗をたもってはいるが、強化薬の効果持続時間を考慮に入れると、やはり厳しい。


 レベル的には僕の方が若干のアドバンテージがあるとはいえ、獣王・レーニコルは分厚い獣毛に覆われているせいか、鉄さえも軽々と貫通させそうなほどの威力を持つ“放水”でさえ、さしたるダメージが入っている様子が見られない。


 こうなれば、もう僕に残された選択肢は、どうにかして懐に潜り込んで近接戦に持ち込むこと……なのだが、さて、それをどうすればいいのか。

 ここで“転移門”が使えれば楽なのだが、生憎とどういうわけか使えなくなってしまっている。


 なら、と僕は“水纏体”を発動させた。


「これなら、最悪あの炎がぶつかってもなんとか……」


 いや、なんとかなるかはちょっと分からないか?

 でも、やるしかない。


 僕は決心してダメージ覚悟の特攻を仕掛ける。


「オルァァぁぁぁあ!」


 “黒鬼化”によって肥大し、黒く変色した筋肉が瞬間的に更なる力強さを発揮させる。

 地を踏んだ足が今までで一番の加速を見せる。


 が、流石は王の名を持つだけはある。

 僕の動きにちゃんとついてきているようだ。


 目だけは。

 その余計にでかい図体のせいもあって、小回りが効かないのもあるだろう。

 体は僕の動きについてこれていないようであった。


 僕は視覚となっている背後に回り込み、再び後ろ足を狙った。

 大きく引いた槍を捻りを加えながら素早く前に押し出し、遂に肉を穿った。


 硬い筋繊維をブチブチと裂いていく感覚を覚えながら、僕は槍を引き抜き、退避する。

 さっきまで槍の突き刺さっていた部分からはドクドクと赤黒い鮮血が流れ始め、獣王は甲高い叫び声を上げた。


 鼓膜が破れそうになるほどの超高音。

 痛みに耐えるようにバタバタと体を揺らし、太い尻尾がバシバシと地面を打つ。


 その度に地震と見まごうほどに地面が揺れ動く。


「これ、【獅子震脚】ってやつ使ってんじゃないのか?」


 他二つの能力に隠れていたが、こちらも大分オーバーな力だ。

 お陰でさっきからバランスをとるのだけでも一苦労している。


 が、それも時期に収まる。


 依然として足には風穴が空いたままだったが、それでも獣王は叫び声を潜め、また僕へと目標を定めた。


 しかし、先ほどとは打って変わって瞳の奥から強烈な憎悪が見え隠れしている。


 とはいえ、だ。

 これで怖いだなんて言ってられない。

 寧ろ、ここからが本番でもある。


 さっきまでは本気で相手をされていなかったようなもの。

 一撃喰らって相手の脅威をようやく正しく認識できたところなのだ。


 つぎからは更に熾烈な攻撃が繰り出されることだろう。

 足を片方潰したことで移動面では有利に立ったと考えていいだろうが、それを差し引いても遠距離からの攻撃手段や防御能力では彼方が優っている。


 だから僕は、その遠距離からの攻撃をなんとかして通り抜け、強固な防御を貫通させるほどの攻撃を常に行わなければいけない。


 なんてことないように言っているが、これは馬鹿みたいに難しい。


 正直今すぐ辞めてやりたいぐらいなものだ。

 けど辞められない。やるしかない。

 選択肢なんてないんだ。


 僕は“水纏体”を使用したまま、また先ほどと同じように特攻する。


 そんな僕に、獣王は舐めているのかと言わんばかりにグルルと喉を鳴らした。

 だが、もちろんただ無策に突っ込んでいるわけじゃない。


 僕は【獄炎吐息】を放とうと僅かに獣王が口を開いたその瞬間に、【隠術】を発動。

 くわえて、事前に拾っておいた石を自身の左側に放り投げ、自分はそれとは反対。右側へと移動を開始。


 気づかれないように足音を忍ばせながら、また背後に。

 今度は尻尾に狙いを定めた。


 いきなりいなくなった僕を探そうと周囲に視線を散らせている獣王・レーニコル。そして、その尻尾は現在、無防備にブラブラと小さく揺れていた。


 丁度その尻尾が、僕の眼前の地面へとぺたりと降り――僕が振り下ろした槍に両断された。


「ギャァァァァァアぁ!!!」


 さっきとは比べ物にもならない悲痛な叫びが響き渡った。

 思わず耳を手で塞いでしまいそうになる程の声量だった。


 だがしかし、この時、この瞬間こそがチャンスだ。


 僕はすぐさま畳み込む。

 無事だったもう片方の足にも刺突を繰り出し風穴を空ける。


 これまた、悍しいほどに強烈な悲鳴が上がった。


「まだ、まだまだまだまだ……まだいける!」



 僕は獣王の懐へと飛び込んだ。

 狙うは心臓。


 乱れそうになる息を整え、フッと一息。

 もう一度、渾身の突きを。


 ――ビチャっ! 


 獣王の赤い血が飛び散って僕の顔を濡らした。

 刹那、胸が抉れそうになるほどの激烈な痛みが僕を襲った。


「がぁ……あ、ぅ……ぇ……」


 ドクン、ドクン、ドクン。

 心臓が鼓動を繰り返すたびにその痛みは強さを増す。


「なん……で……ぇ?」


 攻撃は食らっていない。

 なのになぜ?


 思考がまとまらない。

 意識が遠のきそうになるのを必死に堪え、僕は歯を食いしばった。

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