獣王

 バリッ。ゴリッ。グチャ。ネチャッ。


 骨を噛み砕き、肉を噛みちぎる音が広大な部屋の中に響き渡る。


「おいおい、どういうことだよ……!」


 僕の頭は混乱を極めていた。

 さっきまでまで僕に恐怖で怯えていたかと思ったら、何故か仲間同士で争い始めた合成獣たち。


 そこにはどんな意図があるというのか。

 ぼくには皆目見当もつかなかった。


 だが、レベルアップを目的とする僕としては獲物を減らされては少々困ってしまう。

 もしかしたら、この行為には僕への嫌がらせの意図があるのかも? と考えているうちにもどんどん数は減っていく。


 肥大する焦燥感に後押しされて、僕は黒く変色した脚で勢いよく地面を蹴った。


「オラァ!」


 かなりの力を込めて放った刺突の一撃はしかし、四本足での素早いステップで躱される。

 さすが、伊達に九十階層に居ついているだけはある。


 とはいえ、彼らはどうしてか僕ではなく仲間への攻撃に執着している。


 敵意を向けている僕を徹底的に無視し、共喰いの連鎖は止まらない。

 状況を上手く飲み込めないまま、僕はひたすら合成獣を殺すことだけに集中することにした。


 反撃を喰らうことが少なくなったというのもあって僕の一方的な攻撃は激しさが増す。

 しかし、それ以上に合成獣たちが共食いによって数を減らす速度はそれ以上。


 必然的に、いずれ一体だけになる。

 そうなるまでに、そこまで時間はかからない。


 僕が若干息を乱れさせながらも残り少ない合成獣を狩り終えたところで、一匹の個体が変化を見せたのだ。


 低く唸りを上げ、不自然に隆起する筋肉。

 体は一秒毎に巨大化を始め、もともと鋭かった牙と爪はさらなる鋭利さを持つに至る。


 骨が折れては治る音が一段と静かになった空間に嫌なくらいに響き、それが終わるまで、僕は呆然とその光景を眺めていた。

 どうということはない。

 今まで見たことのない超常現象に呆けてしまっていただけのこと。


「マジでこれ、小説よりファンタジーだわ……」


 つい、といった感じでうんざりとした呟きを残した。

 余裕な言葉、と思うかも知れないが、僕は内心ここまでで一番焦っていた。


 なにせ、こんなことになるとは想定していなかったのだ。

 あの個体の実力レベルが現在全く分かっていない。

 それだけでもなかなかの恐怖である。


 僕はチラ、と残り数体の合成獣を一瞥し、【隠術】を使用した。


 これでしばらくは僕の位置がバレることはないだろう、と信じて巨大化した合成獣へと【鑑定板】による鑑定を行使。


 そして出てきたのが、これだ。



 ――ステータス


 名前:獣王・レーニコル

 Lv.408

 《個体能力》

【獄炎吐息】

【獅子震脚】

【獣王進化】


 ――



 獣王。

 その一言だけでわかる、一種の頂点。

 王というだけあって、今まで遭遇した魔物の中でもダントツで強そうな雰囲気を纏っている。


 レベルで言えば、強化薬でバフをかけた今の僕の方が上……だと思う。

 しかし、個体能力は字面から見ても強キャラ感が漂うヤバいやつばっかり。

 特にやばそうなのが【獣王進化】ってやつだ。


 おそらく、今の段階から何かしらの進化をするのだろうことは容易に想像できた。


 しかし、そこまで想像できたのならそれを使ってしまう前に殺せばいいだけのこと!


 僕は【隠術】を施したまま、特攻をかけた。

 まだ体の変化に意識がついて行けていないのか、獣王・レーニコルは動きを見せない。


 巨大化したとはいえ、所詮は十五、六メートル程度。

 デカ目の魔物と考えればそう珍しいものでもない。


 僕は迷わず、まずは後ろ足を狙った。

 左でも右でも、どちらかを潰せれば動きは必ず鈍くなる。

 どんなに強くたって、動けなければどうということはないのだ。


 彼我の距離が五メートル前後にまで迫っても、まだ僕のことには気付いていない。


 ――取った!


 僕は心の中で歓喜の声を上げ、そして。

 その真っ赤な瞳が僕を捉えた。


 ビクリ、と思わず背中に悪寒が走る。

 咄嗟にブレーキをかけ、横っ飛びに回避行動に移ると、元いた場所を赤黒い焔が灼いた。


 恐る恐る視線をそこに移すと、ダンジョンの異常に硬度の高い床がガラス状に溶け、今も黒い炎がメラメラと灯っている最中であった。

 ついでに、残っていた数体の合成獣も一緒に吹き飛ばされていた。


 そんな、物のついでのような扱いには憐憫を感じないわけでもなくもなかった。


「な、なるほど……レベル差なんて関係ないってか?」


 僕の声には震えがあった。

 ヤッバ、これ僕死ぬんじゃね? と冷や汗をかくほどに衝撃的な攻撃だったのだ。


 間違いない、あれが三つの個体能力の内の一つ。

【獄炎吐息】ってやつだ。


 まず当たったら今の僕でも八割死ぬ。

 骨も残さず灰にされてしまう。


 というか、【隠術】をかけてあったのに気づきやがった。

 僕が言えたことではないが、野生の勘か何か知らないけど、急に強くなりすぎだろ。


 僕は自らに降り注いだ理不尽に文句を吐きながら、【隠術】を解いた。


「なにはともあれ、お前を殺せばこの戦いは終わりだ。薬の効果が切れる前に、サッサと殺す!」

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