蹂躙
「ゴアァァァァァア!!」
獣の咆哮が轟いた。
先程僕がやったのと同じように、その叫びは空気の衝撃波となって僕を襲った。
レベル差のお陰で体を吹き飛ばされるということはなかったが、思わず顔を右手で庇ったのが不味かった。
視界が遮られたその瞬間を狙って、三体の合成獣が三方から襲撃してきた。
「くっ……そ!」
僕の口から、思わず悪態が漏れ出る。
しかし、焦りの感情もそこで終わり。
走馬灯でも見ているかのようなスローで流れる世界の中、冷静な思考を取り戻す。
槍の刺突による攻撃では間に合わないと感じて、回るように槍を水平に薙ぎ払った。
もともと、急停止なんて不可能なレベルの超スピードで僕へ目掛けて駆けていた合成獣たちは、吸い込まれるように刃の餌食になった。
肉を裂く感覚を覚えた次の瞬間には、三体の合成獣はただの獣の形をした肉塊へと変貌を遂げていた。
「つぎ……次だ!」
僕の動きはさらに勢いに乗る。
「“黒鬼化”ァァ!!」
【魔魂簒奪】、その能力の一端を発動させる。
発動句を叫ぶと、僕の体は途端に黒へと染まり始める。
もう慣れた光景だ。
今、額を見れば鬼の如き角が生えていることだろう。
これで、僕のステータスはさらに向上。
威圧感に気圧されて、合成獣たちは一歩後ずさった。
が、そこはダンジョン九十階層に巣食う魔物たち。
人間にビビらされたという事実に憤慨し、唸り声を上げる。
牙をむき出しにして、怒りを露わにする彼らだったが、今となっては馬鹿にされて怒った大型犬程度にしか見えないのだからおかしな話だ。
僕は強化薬の効果が切れてしまわないか、と少々の不安を感じながらも、自分自身を偽るように不敵に笑った。
僕の目に見えるのは部屋を埋め尽くさんばかりの合成獣の群れ。
攻撃に夢中になる最中に部屋の中ほどまで進んでしまった僕は四方八方を塞がれていたわけだが、さて、ここからどうやろうか。
そんな考えを巡らせているうちに合成獣たちが動きを見せる。
今度は二体三体が少しずつ……なんてものじゃあない。
互いの体を押し除けながら、数十匹という塊となって襲いかかる。
だがしかし、これなら寧ろ相手をしやすいというものだ。
僕はわざわざ近接戦で戦う必要もない、と左手を前方へと翳した。
「――“放水”!」
掌から今までにないほどの勢いで水のレーザー砲が発射された。
軽く音速を超えるのでは? という威力の水は縦一列の合成獣たち、十匹余りを消しとばした。
さらにこれだけでは終わらない。
続けざまに繰り出すのは、“恐慌の紅瞳”。
久しぶりの登場ではないだろうか。
いや、前に使ったのは小泉と会った時だから、そう久しぶりというわけでもないか。
……と、そんなことはどうでもいい。
いきなりの出来事に意図せず体が硬直し、視線を僕へと向けた魔物たちと、真っ赤に染まった僕の眼が合う。
瞬間。
合成獣たちは、僕を恐怖の対象として捉えることとなる。
先ほどまでの威勢はどこへやら。
キャンキャンと負け犬のように泣きながら体を震わせ、或いは逃げ惑い、僕から背を向ける。
ただ、レベルアップを目的としている僕がわざわざそんなカモを逃すわけもない。
“鎖縛”にて遁走する合成獣を捕らえ、それを武器として振り回して、簡易的なモーニングスターのように扱う。
幸いにも、合成獣は高レベル、高ステータスだ。
そう簡単には壊れることもない。
死んでからも巨大な肉の塊として叩きつければ武器になる。
側から見れば鬼畜の所業である。
僕はそんなこんなで合成獣殺戮を繰り返し、その都度十度。
かつては部屋を埋め尽くさんばかりであったあの合成獣たちが、今では半分以下にまで数を減らしていた。
ここまでで百体以上は殺しているだろうことから鑑みるに、全体数では軽く二百は超えていたのだろう。
今はなんとかここまで来れたが、強化薬がなければ本当に何もできずに死んでいたな、と僕は今更ながらにしみじみと思った。
ただ、僕も体にむちゃをさせすぎたためか、全身に痛みが走り始めていた。
マズい、これはマズいぞ。
そう思いながらも、ここで止まるわけにもいかない。
ならば、これまで以上の速度で殲滅するまで。
意気込んでもう使い物にならなくなっていた肉のモーニングスターを捨て去り、再び槍を構えた……ところで、僕は唖然とした。
何をやっているんだ、という奇妙な光景を目にしてしまったのだ。
「な、なんでこいつら……共喰いしてんの?」
僕の目に写っていたのは、互いに互いの体を貪り食い、血の赤に染まる合成獣たちの姿だった。
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