作戦立案
「なるほどな。なんでこんなところに……と思ったらそういうことだったか」
小泉は腰を下ろしたままくつくつと笑った。
そこには、僕たちを咎めようという意思は含まれていないように感じ取れた。
なぜだろう? と思う間もなく、小泉は言葉を続ける。
「ま、それは別にいいや」
「は?」
僕は彼の言葉に呆然としてしまった。それは、僕の隣にいる冬華も同様だった。
結果はどうあれ、僕たちは小泉たちへのストーキングにも似た行為に走っていたということを教えられたというのに、それをどうでもいいと言い放ったのだ。
それは、以前の彼を知る僕たちからすれば想定していなかったものだった。
なんなら盛大に罵られるくらいの事は覚悟していたのだが、一体全体どういうことか……。
そんな僕の心境を察してか、それとも偶然か、彼は口を開く。
「そんなことを一々言っていられる状況じゃあないんだよ。今は」
「それってどういう……?」
冬華が疑問を呈する形で小首を傾げたが、小泉はそれを一瞥するでもなく軽く視線を地面へと落とした。
ここでも、以前と変わった点が見受けられる。
先日までなら、あれほどまでに冬華を神聖視していたというのに、いまでは対等視……というのかは分からないが、彼女個人を特別な存在としては見ていないようだ。
これには、本当にどうしてしまったのかと困惑してしまった。
しかし、それ自体に害があるわけでもない。
いや、むしろいい傾向ではあるので放っておくのが吉か。
「俺は一つだけスキルを持っていてな」
小泉は突然話題を変えた。
突然のことだったので、「だから?」と、僕らは揃って疑問符を浮かべた。
「そのスキルってのが、【ダンジョンマップ】って言ってな、今自分がいるダンジョンの大抵の情報を知ることが出来るっていう、破格なスキルなわけだ」
その説明を聞いて、僕は思わず「まじか……」と感嘆の声をあげた。
それもそうだろう。
そのスキルがあれば、次層へと続く階段の発見は容易になるし、それ以外にもダンジョン探索において有利になる事は間違い無い。
探索者であれば喉から手が出るほどに欲しいスキルだ。
……だが、そのスキルを持っているからどうしたというのか。
寧ろ、ここから脱出する手段をすぐに見つけられるのだから焦るような状況下ではないと思うのだが……。
そう尋ねた僕に、小泉は引き攣った笑みを浮かべる。
「ああ、そうだったら……良かったんだけどな」
「ど、どういうことだ?」
「出られないんだよ。この階層から。……いいや、正確にはここより下の階層には降りることが出来ないって言ったほうが正しいか」
「は……? 出られない? ってことは、どうすりゃいいんだよ!?」
「どうすりゃって……そんなの、ここを攻略しちまう以外に出る方法なんてないよ。俺のスキルがそれを証明しちまってる」
小泉はどこか諦めのような表情が混じった顔でそう告げた。
「……なんで、ここから下の階層には行けないのか、というのはわかっているんですか?」
緊迫した面持ちの冬華は変わりない敬語で問いかけた。
「…………そもそもさ、ダンジョンってのは下から一層づつ、フロアボスを倒すごとに次の階層へと進める仕組みなのは当然しっているよな?」
「ああ、そりゃもちろん」
「で、次の階層へ続く階段ってのは、フロアボスを討伐できて初めて解放されるわけ。つまり、八九階層を突破せずに、アイテムを頼ってここまできた俺たちは、下へ続く階段が未だ解放されていないがために、戻ることが出来ないってわけ。わかったか?」
僅かな苛立ちのようなものを含んだ早口な口調だったが、内容自体は実にわかりやすいものだった。
そして、僕たちの頭の中にもスッと内容が入ってきた。
聞いてみれば、なるほどな、と納得できる話だ。
ようは、非公式なやり方で入ってきた害虫が自分で自分の首を絞めているようなものだ。
言ってしまえば自業自得。
こんなことになるなんて予想できるかよ! という叫びも、いるか分からないダンジョンの主には関係ないことなのだろう。
これで親切に一階層まで戻してくれるというなら良かったが、そう言った兆候は一切見られない。
なるほど運営からの緊急措置は取られないようだ。
まったくもって面倒なことになってきてしまった。
僕は今後のことを夢想して、重苦しいため息を吐いた。
「本当にどうすればいいんだよ。このまま、僕たちはここで野垂れ死ぬか、魔物に喰い殺されるのを待つ運命なのか……」
「ま、このままここでのんびりしてるなら、そうなる未来しかないだろうな」
それは、どこか含みのある言い方だった。
「このままのんびりしてるなら……って、じゃあ、何かをやれば生き残れる方法があるってのか?」
「ああ、ある。秘策って程じゃあないが、もしかしたらどうにかなるかもしれない……程度の考えはある。まあ、もしお前らがいなかったら、実行に移すことも出来なかった案だが、それでも聞くか?」
小泉の瞳からは先ほどまでの諦念の色は薄まり、僅かながらに希望の光が灯っている……ように見えた。厳格かもしれないが。
「たのむ、聞かせてくれ」
僕たちは、ゴクリと息を飲んで耳を傾ける。
「よし、じゃあ聞け。俺の案だが――」
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