発見と贖罪

 僕たちがこの人外魔境とも言えるダンジョン九十階層へと足を踏み入れてからさらに数時間が経過していた。


 当初、僕たちはここを脱出する手がかりを探すため、あの鎧の男を探すことを目標に掲げていた。

 しかし、この広大すぎるフロアで一人の人間を探すのはあまりにも大変なものだった。


 金属鎧よりはマシとは言っても、ただでさえ重い革の鎧と、諸々の装備を身につけたまま、数時間歩き続けるのはレベルアップによって身体能力が向上した探索者でもキツいものがある。


 それが、自分たちよりも格上の魔物が跋扈するダンジョン内部で有れば尚更。


 いつもよりも数段慎重になる足取り。警戒、索敵のためにゴリゴリと神経も体力も削れていった。

【隠術】によって普通よりも発見されにくいとはいえども、まだレベルの低いこのスキルには穴がある。


 姿は消えたように見えるかもしれない。

 それによって相手の視界に入ることは滅多なことではない。


 しかし、嗅覚や聴覚、スキルによる何かしらの効果や、野性の勘のような第六感には通用しない。……少なくとも今はまだ。


 だから僕たちは慎重を喫して進んだ。


 時に数匹の魔物と接敵したが、可能な限り息を潜め、気配を消し、足を止めた。


 魔物が通り過ぎるのを待ち、耐え凌いだ。

 魔物が――あの、複数種類に及ぶ何体もの魔物を無理やり継ぎ接ぎしたかのような合成獣なる生物が、何かを感じたかのようにこちらへと視線を向けてきたときは尋常じゃない冷や汗をかいたものだ。


 それでも、結果的に僕たちは気づかれることなく、ここまで生き延びた。

 一度の戦闘も行うことなく、生き延びた。


 幸運だった、としか言いようのない危機もあったが、終わり良ければ何とやら。

 僕たちは――賭けに勝った。


 そう、二人足を並べ、歩き続けること数時間。

 ようやく鎧の男を僕たちの視界に収めたのだ。



 僕は焦燥しきって地面にへたり込んでいる彼の注意を引くため、周囲に魔物がいないのをゆっくりと確認してから【隠術】を解除した。

 その瞬間、溜まりに溜まった疲労感がドッと押し寄せてくるが、槍を松葉杖のように支えにして意識が落ちそうになるのを堪える。


「おい」


 自分の予想よりも低い声が出た。

 乾燥した口はガサガサしていて痰がへばりついてくるような不快な感覚がした。


 僕の声に反応してか、鎧の兜に隠された虚な瞳がこちらを向く。

 その瞬間、ギョッとしたような、それでいてどこか希望を見出したような表情を見せた……ような気がする。


「お前……は」


 掠れた声に僕の耳が敏感に反応した。

 瞬間、この声に、このセリフに妙な既視感を覚えた。


「柊木……だったか?」


 彼の口から僕の名前が出た時、何故か震えるような悪寒が走った。


「な、なんで――」


 僕の名前を知っているんだ。という言葉は出てこなかった。

 それよりも先に、彼が後生大事に着けていた兜へと手をかけたからだ。


「もう忘れたのか?」


 小馬鹿にしたような笑い声とともに、その素顔が明かされる。


 そうではないか、と思っていた。


 そこにあったのは、つい先日見た顔。

 冬華のことで一方的に突っかかってきた厄介な奴。

 面倒な七光りのバカ。

 ボンボン。


 あの、小泉とかいうストーカー変態ヤリチン野郎だった。


「――っつうか、なんで? ってのはこっちのセリフだ。なんでお前らがこんなところにいるんだよ。おかしいだろ?」


 小泉は枯れたような顔で、声で、訝しげに薄く笑った。


 ああ、そうだ。

 彼らは自力で……ではなく、偶然こんなところに来てしまった。

 そして、こんなところまで来るには、実力でもってここまで攻略してくるか、自分たちと同じようにアイテムの力に頼るしかない。


 だが、僕たちがここまで自力で攻略してきた……とは彼も思わないだろう。


 探索者がここまで攻略を進めているならば軍が放ってはおかないだろうし、ニュースになってもおかしくない快挙だ。

 だからその線はありえない。


 じゃあ、アイテムの力に頼ったのか? と思うだろう。実際、その可能性の方が高い。


 まあ、自分たちと同じようなアイテムを手に入れて、使用する時間まで被る……なんてどんな確立だって話だが。


 とはいえ、それ以外の方法はそう思いつかない。


 それでも出てきたいのだろう。なんで? という言葉が。


 僕だって彼と同じ立場なら同じような言葉を溢してしまうような気がする。


 そして僕は、彼にどうやって経緯を説明するべきかと頭を悩ませた。

 僕らがどうしてこの場にいるのか。


 その理由は僕たちの浅慮にある。

 あわよくば、なんて卑しい気持ちからここまで発展してしまった。

 彼らの使ったアイテムに巻き込まれてここまで訪れてしまっただけなのだ。


 なんとも情けない。

 だというのに、小泉の仲間たちに救いの手を差し伸べてやることさえも出来なかった。


 自分たちが生き残るために仕方がなかったとはいえ、クズのような所業だ。


 その上さらに彼の持つ能力にさえ無償で頼ろうと考えていたのだ。

 そう思うと自らが恥ずかしくなった。


 だめだ。このままではだめだ。



 だから僕は、僕たちは正直に語ろう。全てを。

 それが、僕たちにできるせめてもの贖罪になると信じて。

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