恐怖困惑諦念絶望

死んだ。


 死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ。


 俺の雇った探索者が一人、魔物に食い殺された。

 見たことも聞いたこともない、おぞましい魔物だった。目があっただけで、体から力が抜けて、恐怖で足が震えた。


 俺は本能で危険を察知すると急いで魔物に背を向けた。

 でも、分かっていた。

 俺のスキル――【ダンジョンマップ】が知らせる情報によれば、ここはダンジョン九十階層。

 つまり、ここは俺が……俺たちが足を踏み入れて、生きて帰ることのできる難易度ではない。


 そう悟ってなお、やはり俺は生きるのを諦めることは出来なかった。


 意地汚く足を動かし、雇った探索者の残り二人を置き去りにして、俺はひたすらあの魔物から距離を取った。


 走って走って走って走って。

 足がちぎれるのではないかというほどに、心臓が張り裂けるのではないかというほどに疾走を続け、そして……俺はどうにか振り切った。


 いや、恐らくあの魔物が俺への興味をなくしただけだろう。

 そのおかげで、俺はなんとか命を繋いだ。


 でも、残りの雇った探索者二人は殺されただろうな。


 逃げる途中、二人の絶叫が俺の耳にも届いていた。

 悲痛な叫びが、今もなお俺の耳のその奥に残っている。


 目を瞑れば、彼らが俺を怨嗟する声が聞こえてくるようだった。

 でも、仕方がない。仕方がなかった。そうするしかなかった。


 しょうがないじゃないか……俺が生きるためにはあいつらに構っている暇はなかったんだ。

 そうしなければ、俺もここまで逃げるまでに確実に食い殺されていた。


 それだ、あれはしょうがないことなんだ。


 俺は、胸の内で自分を責め立てる何かを誤魔化すように、言い聞かせた。


 でも、依然としてその罪悪感は消えないままに、俺の気力は下限ギリギリまで削り取られていた。

 そんな状態でいることに注意してやる人間もここにはいない。


 そのままじゃ死ぬぞ。もっと警戒しろ。顔を上げろ。

 そんな言葉を投げかける人間が一人でも残っていたならば……。


 しかし、そんな願望に反して、現実は厳しいものだ。


 俺はそのまま、大した警戒をすることも出来ないままにダンジョンを彷徨い続けた。




 気づいたら、俺は全く知らない何処かにいた。

 ここがダンジョンであるのは確かだが、ここまでどうやって辿り着いたのかは全く分からなかった。


「ここまで魔物に襲われなかったのは幸運だったな……」


 逆に、魔物に遭遇していれば、簡単に死んでいた。


 俺は自分の不注意に今更ながらに気づき、苦笑した。

 あの転移結晶でこんなところにまできてしまった不幸がここで精算されたのかもしれない。


 まあ、それにしては釣り合っていないような気もするが。


 ――いや、いまはそれよりも、一度意識を切り替えよう。

 こんな状態のままじゃあ、すぐに死んでしまいそうだ。



 俺は、パンパンと二度顔を叩いて目を覚まし、深呼吸。

 これでだいぶ落ち着いた。


 ただ、落ち着いたからといって状況はそう変わらない。


 俺はこの間、探索者になったばかりのダンジョン初心者で、さらにここを突破出来るだけの手段はないに等しい。

 もし、ここで魔物に襲われでもすれば、確実に詰む。


 そして、俺の持つ切り札と言えるのはたった一つのスキルだけ。


 ダンジョンに潜ったその日に偶然手に入れたスキル――【ダンジョンマップ】。


 一階層の隠し部屋の存在に気づいたのも、このスキルによるものだ。

 あの三人の探索者を雇ったのは親の金だが、今の状況を金でなんとか出来るわけでもなし。

 親の金で買ったスキルカードで手に入れたスキルもいくつかはあるものの、それではあのレベル帯の魔物には全く効果がないのはわかり切っている。


 それに、全然使っていないからレベルだって1のままだ。


 そんなものに縋ることは出来ない。


 俺は【ダンジョンマップ】を起動させた。

 どうにかここを切り抜ける手段を考えるためだ。


 が、その前に自分の現在位置を確認。

 すると、あの自分たちが転移してきた場所から大分離れた所にいることがわかった。


 これが幸運なのか、それとも不幸なのか、それが分かるのはこの【ダンジョンマップ】にのる情報次第。


「さて、いい情報が載っていればいいが」


 俺はポツリと呟き、タブレットを覗き込んだ。


 そして、目を見開く。


「は……?」


 まず最初に困惑が出た。

 続いて、理解。

 その後に、諦めにも似た感情が宿った。


「無理……だろ。こんなの、絶対に帰れるわけがない」


 俺は、【ダンジョンマップ】によって得た情報により、さらなる絶望へと突き落とされたのだ。


「だって……こんなの」


 手元のタブレットに記述されたそれを見て、俺は言葉を詰まらせていた。

 なぜって?


 当然だ。

 だって俺は――もうここより下の階層へ続く道がないことを知ってしまったのだから。

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