少年心


 あれから一時間程度が経過した。


 今も僕たちは【隠術】をもって姿を隠しながら鎧の集団を尾行し続けているのだが、隠し部屋など見つかる気配がない。


 雇い主と思われる一際目立つ鎧を纏った男も、先ほどからイライラとした様子を隠そうともしていない。

 それ故か、周囲にはピリついた空気が流れていた。


「絶対に隠し部屋はあるはずなんだ! さっさと探し出せ! くそ! 役立たずどもがっ!」


 遂に我慢の限界が訪れたのか、恥も外聞もなく大声で怒鳴り散らし始めた。

 ま、周りの人間なんて僕たちしかいないのだけど。


 彼を取り囲む鎧たちにも、その怒声によってか、焦りが滲み出ているのを感じ取れた。


「はぁ」


 僕は【隠術】をかけた状態。

 よほどの事でない限り見つかることはないとはいえ、声を出せば気づかれる可能性もあった。

 けれど、思わずため息が漏れた。


 ――これは、もうダメかな。


 この調子じゃあ、いくらやっても見つかりそうもない。

 あのリーダー格の鎧が何を根拠にあんなにも自信満々だったのかは結局分からずじまいだったが、もとより信憑性のない情報だったのだ。


 無駄な時間を過ごした。


 僕はもうこれ以上ここにいても時間の無駄と判断して【隠術】はそのままに冬華の手を引き二階層へと続く道を歩き始める。


 “転移門”は【隠術】では隠せないから二階層の、又は一階層の人目のつかない場所まで移動しなければいけない。


 しかし、鎧の集団に背を向け、しばらく歩いたその時――――歓喜の声が鼓膜を叩いた。


「こ、ここだっ! 見つけたぞ!!」


 先ほどから怒声を振りまいていた鎧の声が、喜色を孕んだ声音に変わった。

 それが僕の、僕たちの耳に入ったと同時に、僕は後ろを振り向いた。


 さっきまでいた場所。

 その近くの緑色に発光する壁。


 ほんの少しだけ窪んだ壁の奥に、鎧の男たちのうち一人が腕を突っ込んで何かを押した。


 ゴゴゴゥッ! と一人でに壁がスライドし、奥へと更なる空間が広がっていく。


「くそっ、早まった!」


 後少し待っていれば良かった。

 僕は早々に後悔していた。


 ――この距離では、先に中を確認するのは無理か。

 この時点で僕はすでに悟っていた。


 しかし、僕の中の好奇心は死んではいなかった。


「行きましょう」


 彼らに聞こえない程度の声量で囁き、【隠術】で見えない冬華が僕の手を握って小走り気味に駆け出す。


 足音を立てないギリギリの速度を保ちながら足を動かし、僕らが隠し部屋へとたどり着く頃には鎧の男たちはもうすでに全員が部屋の中を物色している最中であった。


 やはり、というべきか、このタイミングではどうやっても宝を横取り……というのは無理そうだ。


 仕方がない。

 どうにかしてどんな物があったのかくらいは確認してから立ち去ろう。


 そう思い、僕はこの隠された狭い空間を見渡す。


 変わらず全体を照らす緑色の燐光に満たされたこの部屋は十メートル四方の小部屋で、魔物の気配は全くない。


 ただあるのは、僕と鎧の集団。そして、中央に鎮座する一つの宝箱だけ。


 派手なわけではない、僅かに装飾の施された長方形の木箱。

 まるで冒険物の本に出てくるような理想的な宝箱に、僕だけではない、全員が心を掴まれていた。


 これが少年心をくすぐられるという感覚だ。


 ――ああ、できることなら、僕がその宝箱をこの手に持っていたかった。


 僕は彼らに、軽い嫉妬心のようなものを抱いてしまった。

 これは醜い感情だ。

 見つけたのは彼らであるというのに、理不尽な嫉妬を持ってしまった。


 僕たちは本来、この光景を見ることさえ叶わないはずだったというのに。

 自嘲気味に薄く笑った。


 そんな僕のことなぞ知る由もない彼らは、隠しきれない期待と興奮を顔面に貼り付け、宝箱の蓋を開ける。


 カチャリ、と音がした。


「お、おぉ……これが……」


 ニタリ、と鎧の奥で男が笑った……ような気がした。

 確信はない。

 ただ、なんとなく嫌な感じが胸の中でささやいた。


 彼が手にしていたのは、手の平サイズの小瓶と拳大の結晶。


 今すぐ【鑑定板】でどんなもんなのか確認したいという気持ちもあるが、【隠術】を使って隠れている以上それはできない。


 そもそも手に持っている時点で僕も認識できなくなってしまうのだからしょうがない。


 とはいえ、だ。

 僕たちはもうこれ以上やることなんてないわけで。


 お宝がどういった品なのかは確認できなかったりが、肝心の物はこの目で見たわけだし、サッサと探索の続きに戻ろうと踵を翻す。


「よし! こっからが本番だ!」


 しかし、再び雄雄しい声に反応して僕たちは振り返る。

 なんだなんだ、今度は何をする気なんだ? と。


「契約通り、今度は俺を死ぬ気で守れよ!」


 雇い主らしき男は宝箱から手に入れた翡翠色の結晶を天高く掲げていた――。

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