陽気すぎる母

「あ、貴方が例の子ね! うわぁ……可愛いわぁ! 奏もよくこんな可愛い子を彼女に出来たねぇ!!」

「ちょっと、母さん……」


 本当にこの人は……まじでやめてくれ!

 見るからに冬華が困っているじゃないか。


「え、えっと……あの、私は……その、違くて!」


 冬華の視線は母さんの顔ではなく、その大分したに向いている。

 言わなくてもわかる。

 母さんの奇抜すぎるファッションに目を白黒させているのだろう。


 それに、このやけに高いテンションにもついて行けていないようだ。

 まあ、それは息子の僕でさえそうなのだから無理もないこと。


 それよりも、うちの母さんは冬華のことを僕の彼女だと勘違いしているようだが……どうしてそうなった?

 もしかして、僕が調子に乗って電話でバカなことを口走ってしまっていたか? と、一瞬考えたが、やはりそんな記憶はない。


 となると……母さんの早とちり、かな。

 そういうことはままあることだが……さて、なんて言って誤解を解こうか。


 僕が頭の中でプランを練っている間に、冬華は母さんに手を引かれて家の中に入っていた。

 当然僕は一人取り残された形になった。


「…………」


 息子が久しぶりに帰ってきたというのにこの仕打ちとは……。

 僕は人知れずため息をついた。




 久々の我が家を仰ぎ見て玄関の扉に手をかける。

 ガチャリという音を立てて扉を開くそこには見慣れた光景。


 和テイストな印象の強い間取りだ。


 靴を脱いで廊下を渡り、冬華と母さんがいるであろうリビングへと向かう。

 案の定、そこからは母さんの陽気な声が聞こえてきた。


 リビングと廊下を隔てる扉を開けば、賑やかな声はさらに大きく耳に入る。


「――そんな、誤魔化さなくてもいいのよ?」

「えっと、本当にそういうわけではなくって……」


 なんの話をしているのか……というのはすぐに分かった。

 冬華はなんとか弁明しようとしているのだろうが、母さんの勢いにのまれて僕と自分が恋人関係にあるわけではないと言い出せていないのだろう。


 扉を開けた音に敏感に反応すると、救いを求めるような潤んだ瞳が僕を貫く。


「母さん、もうそこらへんにしておいてよ。冬華も困ってるだろ?」

「む……そう、ね。ごめんなさい。つい興奮してしまって」


 本当に済まないと思っている……かどうかは分からないが、シュンとした様子を見せた母さんに、冬華は罪悪感に駆られたか、オロオロとしている。


 そして、「大丈夫ですから! そんなに迷惑ってわけでもなかったですし!」

 などと、余計なことを言うものだから、母さんはさっきのしおらしい態度はどこへやら、俯いた顔をケロッと元に戻した。


「そう? なら、さっきの続きを聞いてもいいかしらね?」

「ちょっと、母さん」


 僕は調子に乗る母さんを戒める意味で口を挟んだ。


「分かってるって。冗談よ、冗談。全く、いつからママンジョークが通じないようになったのかしら?」

「なんだよママンジョークって、初めて聞いたよ」


 僕らは久しぶりに軽口を叩き合い、その横で冬華がクスリと笑みをこぼした。


 どうしたのかと僕と母さんは揃って冬華の顔を見た。

 自分に二つの視線が集まっているのに気がつくと、慌てて彼女は口を開く。


「あ、すみません! 奏くんがここまで楽しそうにお話をしているのは初めて見たので……」

「は、初めて?」


 僕はいつもそんなにぶっきらぼうな感じで話していただろうか?

 というか、さっきのが楽しそう……というのはちょっと無理があるのではないか?


 そんな僕の疑問を口に出す前に、母さんがニヤニヤとした笑みを浮かべながら僕の顔を覗き見ているのを察した。


「ふぅーん、そうなんだぁ。奏ったら、少し会っていない間にママが恋しくなっちゃったのね? あ、もしかして、今日帰ってきたのもママに会いにきたからかしらん?」


 戯けた様子で母さんは僕を小馬鹿にする。

 少し……いや、ほんの少しだけイラッときたものの、流石にそれだけでキレ散らかすほど僕の器は小さくない。


 そこはグッと堪えて吐息をつく。


「そんなわけないだろ。今日は大事な話をしにわざわざ来たんだ」

「やっぱり……」


 僕の言葉に反応して、母さんはハッと真剣な表情を作った。


「結婚、するのね? で、でもまだ早いと思うの。二人は大学生でしょう? 仕事も決まってないし、お金がないと冬華ちゃんや、子供を養っていくことも出来ないわよ?」


 一時でも真面目な話になると思った僕がバカだった。


「違うよ! だいたいなんだよ結婚って! 話が飛躍しすぎだろ!」


 いや、結婚を抜かしたとしても子供の話を出すのは明らかにおかしいだろ!


 僕は叫ばずにはいられなかった。

 横に立つ冬華は母さんの放った言葉に頬が赤く熱を発しているのを隠し切れていない様子だった。


 が、この様子を見て、彼女が僕に好意を持つだなんて勘違いしてはいけない。

 誰が相手だって、こんなことを言われれば意識していなくても赤面してしまったって不思議ではないのだから。


 だから僕は敢えて何も気づかない風を装って話を続ける。


「もう冗談はここらへんでいいだろ?」

「む……これは別に冗談じゃなかったんだけど」


 それはそれで問題だ。


「それで、父さんは?」

「パパならもうすぐ帰ってくるんじゃない? お買い物を頼んでおいたのよ!」

「ああ、だから……」


 だからアンタはこの格好で外に出てこれたのか……。とは、口には出さなかった。

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