帰省しよう

 ガタゴトと激しく揺れながら線路を走る電車の音、窓の外に見える田畑は懐かしい田舎臭さを思い出させる。


「憂鬱だ……」


 僕は冬華を連れて、僕の実家へと向かう電車の中にいた。

 ポツリと何気なく、ほぼ無意識の中で呟いた僕の一言に反応した冬華がワクワクとした表情を崩さずに口を開く。


「久しぶりにご両親に会えるのに、嬉しくないんですか?」

「ん……いや、別に嬉しくない訳じゃないんだけど……」


 それ以上に冬華を連れて行ってなんて反応が返ってくるかが予想出来てしまうからめんどくさいという感情が先行する。

 それに、あのキャラの濃いうちの両親に冬華を合わせてしまうのはちょっと……いや、だいぶ抵抗があった。


「はぁ」


 しかし、当然ながら僕らの乗る電車は、そんな僕の心情を考慮することなんてない。

 無慈悲にも、少しずつ目的地へと近づいて行く。



 ◆




 僕らは電車から下車すると、駅のホームで凝り固まった体をほぐし、自販機で購入した缶コーヒー片手に一息つく。


「流石は茨城……やっぱり田舎だ」


 駅の周りには住宅地が広がっているものの、やはり目立つのは田んぼ。

 あたりを見回しても店なんてほとんどない。


 服屋や本屋、デパートなんてもちろんのこと、飯を食う店すらもろくにないのがここ、茨城だ。

 僕の通っていた高校もここから一番近いはずが、電車を使っても三十分はかかったくらいだ。


 まぁ、茨城にも発展している地域はあるのだが、僕の地元であるここは典型的なザ・田舎である。


 かろうじて置かれた駅前のスーパーにすら人の気配が薄い。

 駐車場に止まる車の数なんて一目見て分かるほどに少ないのだ。


 なんだか懐かしい気分に浸りながら、僕は冬華を連れて駅を出る。

 歩きなれた道だ。


 高校時代はいつも通っていた道。

 今更迷うことはない。

 以前住んでいた時と全く変わらない、自然しかない道のりだ。


「なんというか……自然にあふれた、静かな街ですね! 私は好きです!」

「無理しなくてもいいんだぞ、どう見てもなんもない田舎だろ? むしろ自然以外に取り柄がない」


 くっ、どれだけ僕がここに住む生活で不便を強いられたことか……。

 映画館がないから二つ隣の街まで電車で観に行ったり、ゲームや本一つ買うにも電車での移動が必須。

 しかも、その駅からもしばらく歩かなければいけないから移動時間だけで一時間を越すことも珍しくない。


 マガジンくらいなら、家から十分のところにある唯一のコンビニに売っているかもしれないが、やはり不便なことに変わりはない。


 ア○ゾンやらでのネット注文があったから助かったものの、到底便利とは言えない暮らしぶりだったように思える。


「冬華は小さい頃から東京で暮らしていたんでしょ?」

「はい、そうですよ」

「それなら、ここみたいな田舎に住むのはキツいと思うよ」


 虫とかも多いし。

 特に夏はカエルがうるさい。

 昔は母がカエル嫌いだったのもあって、よく庭にいるカエルの排除係をやらされたものだ。


「む……そ、そうでしょうか?」

「田舎なんて虫が多い、店がない、人がいない、地味に金がかかる、近所付き合いがウザい、電車の数が少ないとかでストレス溜まるからな。地元民でもそう思ってるんだから、都会から来る人なら尚更だろうね」


 まあ、ここらへんにはダンジョンがないし、これから住む予定もないと思うけどね、と僕は付け足す。


 そんなことを話しながら人気のない道を歩くこと三十分弱、やっと我が家に到着した。


「……お、大きいですね……これ、本当に奏くんのお家なんですか?」

「ん、ああ、そうだよ。家と敷地だけは無駄にでかいんだ」


 それ以外はそうでもないけど。

 田舎だと土地代は都会に比べて安いしね。

 それに、


「うちは死んだ祖父母の家を譲り受けたから結構年季入ってるし、所々ボロが出てて汚いんだよね。でも、危険なところはないはずだから安心して」


 僕はこのままいきなり家に入るのはどうなのか? と逡巡し、インターホンを鳴らした。

 一応今日帰ることは伝えているが、帰省というのはなぜか他人の家に帰るような、変な感じがある。


 ピンポーン、と音が鳴ると、すぐにバタバタと騒がしい音が家の中から聞こえて来る。


「おっかえりなさーい!」


 ガチャリと音を立てて開いた扉からは数ヶ月ぶりに見た我が母の顔が飛び出した。


 もう四十も過ぎたというのに、未だ二十代後半程度の若々しい見た目を保っている僕の母だが、やはりいつ見てもファッションセンスだけは壊滅的だ。

 本当に、息子の僕から見てもヤバイ。


『てぃーしゃつ』と剃り込まれた白地のシャツに豹柄の上着を着込み、下はダメージを負い過ぎたダメージジーンズ。

 手首にはなぜか数珠が巻かれていた。


 正直、冬華の……というか、客が来ると言っているのにその格好で出てきて欲しくはなかった。

 いつもは父さんが服を用意して、母さんが自分で服を選ぶのを制限しているのだが……全く、父さんはなぜこれを止めなかったのか。


 僕は内心で愚痴を吐きながら、嫌にハイテンションな母に視線を向けた。

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