大学、やめるってよ

 

「大学を辞める……ですか?」

「ああ、その……つもりだよ。僕がこのまま大学生を続けてても意味なんてないんじゃないかって思ってさ」


 僕は前々から胸の内に秘めていた考えを冬華に打ち明けた。


「……なら、私もやめちゃった方がいいですかね?」


 一拍分の間が空いて、冬華はポツリと呟いた。

 僕が、なんで? と返す暇もなく、彼女は言葉をそのまま続ける。


「私……というか、私たち最近は全然大学行ってなかったですし、大学なんて、どこか会社に入るための箔付みたいな感じだったので……このまま探索者続けるなら、奏くんと同じようにやめちゃった方がいいかなって。授業料とかもバカにならないですし」


 うーむ、いつの間にか冬華も大学を辞める流れになってしまった。

 いや、僕としては別に構わないんだけど、水穂さんとかはどう思っているのか。

 そこら辺ちゃんと聴いておかないといけないんじゃなかろうか。


 僕がそれを指摘すると冬華はうーん、と首を傾げ、


「大丈夫……だとは思いますけどね。前に大学辞めたいって言った時は特に反対もされなかったですし」

「そっか、それなら大丈夫……なのか?」


 どうやら冬華は以前から大学を辞めるプランを立てていたらしい。

 意外だ。


 彼女は真面目に堅実に大学を卒業するものだと思っていた。

 まあ、どうやっても今年の留年は免れなかっただろうけど。


 しかし、そうなると問題は僕だ。

 辞めるにしても親を説得しないことにはどうにもならない。


 自分で金を稼いでいるとはいえ、わざわざ大学に行かせてくれたのは両親だ。

 無責任に、自分勝手にさっさと大学を辞めてしまう、なんて不義理なことは僕にはできない。

 僕の心の中では、もう大学を辞めるというのは決定事項のようなものだが、せめて親に一言相談くらいはしなければ。

 そんな義務感のようなものがあるのだ。


 親不孝なことはしたくない、という思いが心の底にあるのかもしれない。

 僕自身はそんなことは考えていないつもりだったのだが。


「僕、来週辺りに一回家に帰ってみようかと思うんだ。親にも大学辞めることは話しておかなきゃだし」


 その間はダンジョンの攻略は進められないが、そこは仕方がないと冬華には割り切ってもらおう。

 そう思っての報告だったのだが、冬華はそれに意外なまでの食いつきを見せた。


「か、奏くんの実家ですか?」

「え、あ……うん、そうだけど?」


 一瞬、冬華の瞳が爛々と輝きを増したように見えた。


 なんだがモジモジとしている。

 いったいどうしたのだろうか。


 僕が疑問符を頭上に浮かべると、冬華は何か決心した様子で僕に詰め寄る。


「あ、あのっ! 私もついていっちゃダメですか!?」

「は……え?」


 頭が混乱した。

 え、なんだって? ついてくる? 家に? 誰が? 冬華が? なんで?


「なぜに?」


 オブラートに包むつもりが、考えたことそのまま口に出てしまった。

 が、冬華に別段気にした様子は見られない。


「えと、大学を辞める理由を出すときにはダンジョンのことを話す必要があると思うんです。そのときに私の証言とかあったほうが便利なんじゃないかなー、と。ほら、私って見た目真面目そうとかよく言われますし、そこは安心していいかなって……そ、それに、奏くんは私の親を知ってますけど、私は奏くんのご両親のことを知らないじゃないですか。それって、なんだか不公平だと思いません? っていうことで、私も連れて行って下さい!」


 ふむ、なるほど。

 つまりはただ単に僕の親が気になると、そういうことかな。


 早口で捲し立てた冬華の顔は少しだけ朱色に染まっていた。


 彼女は忘れているようだが、一応ここはダンジョンだ。

 だというのに、随分と気が抜けている。


 まあ、今のところ魔物の気配もないし、心配するほどでもないのだが、僕はこんなところでこんな話をするんじゃなかったか? と若干の後悔を感じていた。


「ま、冬華を連れて行くのは問題ないよ。……たぶん。家の方には僕から連絡を入れておくけど、そっちの方もちゃんと水穂さんに許可とっておいてね。後で変なこと言われるのも嫌だし」

「相手が奏くんなら、お母さんも何も口出ししてこないとは思うけど……一応りょーかいです」


 なんだかいつもよりワントーン高い弾んだ声音で、冬華は返答した。


 さて、今日はダンジョンから帰ったらやらなきゃいけないことが多くなりそうだ。


 何より、女子を家に連れて行くとなれば、うちの親がなんていうか。

 非難こそされないだろうが、しかし、揶揄われるのは間違いない。

 あのダル絡みほどイライラするものも少ないくらいだ。


 その光景を今から頭の中で想像して、僕は静かに溜息を吐いた。

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