依頼達成

 

 翌朝。

 僕たちは本部長室に呼ばれていた。


 なんの考えもなくギルドを集合場所にしていた僕たちを目敏く見つけたギルマスにより呼び出されたのだ。


「……昨日のことだ」


 部屋に入るや否や、ギルマスが口を開いた。

 それに反応して、自然と僕らの背はピンと伸びる。


「先方と話をさせて貰ったのだが……息子が失礼なことをした、と謝罪を頂いた。訴えられるかも、とすら思っていたから安心したぞ」


 そう言いながら、ギルマスは実際に胸を撫で下ろした。

 表情にも安堵の色がありありと見てとれる。


「息子贔屓な人かと思っていたが、そうでもなかったようだ。依頼も、出来ればこのまま継続をお願いしたいとのことで、無理があれば依頼の期限を延ばしてもいいし、なんなら報酬ももっと増やせるとのこと……なのだが、確かもうとってきたと言っていたよな?」


「あ……えっと、はい」


 僕は突然話をフラれて少し吃りながらも返答し、ガサゴソとカバンを漁る。


「これです」


 カバンの中から取り出したのは先日ジュエルタートルからドロップした宝石。

 今もなお、照り輝くそれにギルマスの息を飲む音が聞こえた。


「な、るほど……たしかにこれはすごい。手に入れる為にあれだけの金を積み上げるのも頷ける……まあ、私には縁のない話だが」


 ギルマスは生まれたての赤子を抱くような手つきで宝石を受け取ると視線を僕たちへと戻した。


「この宝石は私から依頼主に納入する。報酬の受け取りは……額も額だから受け取りは一週間ほど後になりそうだが、構わないか?」

「はい、問題ありません」

「私も、大丈夫です」


 ギルマスはあらかじめ用意していたのだろう豪奢な箱に宝石を仕舞い込む。


 さて、これでもう用事はないだろう……と僕たちはギルマスに一声かけて部屋を出ようとしたのだが……


「あ、そういえばだが、あの修二とかいうガキ……昨日の勝負には納得していないみたいだったから今後また接触があるかも知れない。気を付けろよ」


 はてさて、昨日は小泉氏などと言っていたアイツを、今日はガキなどと嫌に下に見る呼び方をする。

 やはりあれはビジネス上の呼び方だったということか。


 ギルマスも内心ではあの男のことはよく思っていなかったようだ。


 僕たちは彼の言葉に若干の不安を覚えながらも、部屋を出た。


 ◆


 僕たちはその後、やはりダンジョンに潜っていた。

 これはもはやダンジョン依存症と言っていいほどに重症なのではないかというほどの頻度だ。


 聞いたところでは、普通毎日ダンジョンに通うような人間はそう多いわけではなく、さらに半日中ダンジョンに居座り続けるのも珍しい部類なのだとか。


 一般の探索者は僕たちのような大学生よりも大人の人が多いし、その分暇な時間というのも少ないだろうことを考えれば妥当な話だ。


 僕たちは…………一応大学生という形を取ってはいるが、正直最近はほとんど大学には行っていない。

 ほぼ毎日をダンジョンで過ごしているのだから当然なのだが、これでは留年確定だ。


 本当ならかなりまずい。

 親にもなんて説明すればいいのか……と頭を悩ませるような状況、なのだが。


 なにせ探索者は儲けがいい。

 それこそそこらのバイトよりも何倍もだ。


 いや、バイトどころか今の僕たちは大手企業の重職にも負けないレベルの収入を得ている計算だ。

 ぶっちゃけて言うなら、このまま大学にいってサラリーマンになるよりも、ダンジョンに潜っていた方が何倍も儲かる。


 わざわざ大学に行かせてくれた親には申し訳ないが、そこは何とかするしかない。


 大学費用やらは自分で払うことになっているし、なんなら最近は家への仕送りも始めているが……あの人たちがこのことになんて言うか。


 どちらかといえば放任主義だし、断固反対……とはならないだろうが、何か小言を言われるくらいはあるかも知れない。


 そんな未来を想像すると少し憂鬱な気分になる。

 小泉の一件もあるし、最近は面倒なことをよく考えさせられる。


 ハァッ、と僕が重くため息を吐くと、冬華が心配そうに顔を覗き込んできた。

 不意に近づけられた冬華の顔に驚愕と照れが入り混じり、ビクリと肩が跳ね、同時に顔全体が熱を持つ。


「ど、どうした?」

「え、いや……奏くん、何か考え込んでいるようで、どうしたのかなと思って」

「そ、そう……」


 だからといってあんなに顔を近づける必要はあっただろうか! 

 いや、僕としては嬉しかったけど!!


 僕のそんな考えなんて知る由もない冬華は、「それで?」と僕に詰め寄る。

 ただでさえ距離が近かったというのに、さらに僕たちの間の距離は狭まる。


 これはもう言わなければ離れてくれなそうだ、と僕は堪忍して口を開く。

 まあ、最初から別に隠していたわけではないが。


「……実は――」

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