決闘

 結局、なんやかんやあって決闘は急遽行われることと相成った。


 もちろん僕は反対だったが、小泉の勢いに押し負けてここまできてしまった。


 場所はギルドの地下。

 近々開放する予定だったらしい訓練場だ。

 汚れひとつない床。

 これから散々汚されるだろうそこへ、一足先に僕らは足を踏み入れた。


「うわ、広っ」

「まあ、そこそこの広さだな。ここなら俺が闘うのにも支障は出ない」


 どうやら彼が本気を出すにはこれくらいの広さがないとダメらしい。

 なるほど、ダンジョンでは戦えないわけだ。

 だから探索者にならないのかな?


 僕はバカにする様に、心の内で薄く笑った。



 ◆



 僕が軽いジョグと柔軟でウォーミングアップを済ませると、自信に満ち溢れた小泉が、すでに訓練場中央に仁王立ちして待っていた。


「早くしろ! 俺だって暇じゃないんだ!」


 いや、暇だろ。

 そもそも、暇じゃないならこんなことに付き合わせるな。


 そんな言葉が喉元まで出かかったのを飲み込み、無言で彼に対峙する。


 チッ、と舌打ちをする音が聞こえた。


 僕と小泉の顔を見て、間に立つギルマスはあからさまに頬を引きつらせる。

 相手が重役の息子だからと、あまり強く口を挟めないのだろう。


 可哀想なことだ。

 とはいえ、僕にはそんなこと一ミリとも関係がないし、この勝負ではコテンパンしてやる腹づもりでここまで来ている。


 やるからには惨めなまでの負けを味合わせてやるわ。


 ドス黒い感情を腹の奥底に留めながら、僕は小泉と向き合う。


「ふん、やっと準備出来たのか、童貞?」

「……準備運動もしないのか、坊ちゃん? 途中で足攣って動けなくなっても知らないぞ?」


 敵愾心の籠りに篭った視線が交差する。

 互いに今にも殴りかかりそうな勢いの僕たちを制するように、ここでギルマスが重い口を開く。


「……では、これより柊木 奏、小泉 修二による決闘を執り行う。武器はなし、スキル、魔術の類も禁止で一方が降参、または私が戦闘不能とみなした場合に勝敗を決する事とする」


 ここに来るまでに互いにルールは決めてあった。僕が一方的に有利になるスキルは禁止として、意味はないだろうが、魔術も禁止としておいた。

 勝敗の決め方は……まあ、妥当だろう。

 さっさと気絶させてしまえば問題はない。


 後は武器の使用不可についてだが……これは僕から提案した。


 小泉は空手の有段者らしいし、素手での戦闘を得手としているのは分かっている。

 そして、僕が普段使っているのは槍。

 小泉は決闘と言い張っていたが、これはあくまで模擬試合のようなもの。

 本番の殺し合いならばいざ知らず、これではリーチの面で明らかに僕が有利。

 いや、あまりにも利がありすぎた。


 僕にはダンジョンで上げたレベルがある。

 仮に素手で戦ってもそう簡単に負けはしないだろうという考えで、僕は今回、武器の使用を控えたのだ。


 それに、僕だって無手での戦い方を知らないわけではない。

 それこそ、熟練の武術家には大きく劣るだろうが、道場で最低限の技術は学んだつもりだ。


 さて、見かけ上は相手に有利な条件を並べ立てているわけだが……僕からしてみれば負ける要素はほとんどない。


 そもそも身体スペックが違いすぎるのだから、多少の技術など力業でねじ伏せられるのだから。


 僕は勝利のビジョンを脳内に映し出し、酷薄に笑みを深める。


「両者異論は?」

「ないです」

「もちろんない」


 何か考えでもあるのか、小泉も僕と同様に頬を釣り上げた。


「では……」


 ギルマスがゆっくりと、垂直に手をあげる。

 丁寧に振り上げられた手が天を指した時――


「――はじめッ!」


 勢いよく風を切りながら右の腕が振り下ろされた。


「ふッ!」


 踏み込みと同時に短く息を吐く。

 右拳をグッと握りしめ、移動は最短ルートを。


 小泉はまだ動いていない。


 腿と垂直になるよう腰を落とし、力を貯める。

 走る勢いを加えたまま、体の捻りをも加え――放つ!


 ゴッ、と肉を撃ち、骨を叩いた鈍い音がこの広い訓練場に反響して聞こえた。


「やったか」と目を見開いた僕だったが、お決まりのまだやれていないセリフを頭に浮かべてしまったせいだろう。

 やはりというべきか、小泉は片腕を犠牲に僕の攻撃を防いでみせていた。

 これには僕も僅かながら、驚愕に固まってしまった。


 その隙に、小泉が額に汗を垂らしながらバックステップで僕から距離を取る。


「撃ち方は下手な癖に、やたらと速い……それに、一撃が重い」


 予想外、といった風に彼は呟いた。


 しかし、その言葉は僕に届くほどの声量ではなかった。


 プラプラと赤く腫れた左腕を揺らしながら、小泉は痛みに耐えるように下唇を噛み締めた。

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