割りの良い仕事には裏がある

「お、俺が……この俺が、謝る……?」


 何を言っているのか分からない。小泉はそんな風に頬を引きつらせた。

 いくら恩人で、惚れた女である冬華の言葉といえども、自分が下に見ている存在に頭を下げるという行為は屈辱なのだろうさ。


 そもそも、こいつはなんで謝らなければいけないのかも理解出来ていないようだ。

 その証拠に、困惑の表情がありありと張り付いている。


「なんで……なんでアンタはそいつの肩を持つんだ? そんな凡人より、俺のような天才と結ばれた方が絶対に幸せになれるというのに! 地位も、金も、力も、容姿も、俺の方が優っているだろう! なにが、いったい俺のなにが不満なんだ!!」


 軽く、怒りの感情すらも垣間見えた小泉の叫びはしかし、冬華の絶対零度の視線を向けられるだけに終わった。


 戦意を失わせる鋭い冬華の目つきに、まともな戦闘経験すらない小泉は、先ほどまでの勢いは何処へやら、ビクリと肩を震わせた。


 しかし、それでも彼の口は止まらない。

 もう、後戻りは出来なくなっていたのだ。


「なるほど……そうか、そういうことか」


 小泉は突然、歪んだ笑みと共にぶつぶつと独白を始めた。

 自分に言い聞かせるように、徐々に彼の独り言は声量を増していく。

 そして彼の濁った瞳は僕へと向けられた。


「魅了系……いや、催眠系のスキルか?」

「は? なにが?」


 小泉の言葉に、僕は疑問の声を上げた。


「しらばっくれるな!! 探索者は超能力じみた力を――スキルを持っているんだろう!? そして、お前はスキルを使って彼女を操っている! 違うか!?」


 いや、全くもって見当違いだ。

 馬鹿なんだろうとは思っていたが、ここまでぶっ飛んだ妄想癖まであったとは救いようがないな。


 僕と冬華は冷めた目つきで小泉を睥睨した。


「いきなり何を言っているんですか? そんなわけないでしょう」

「くっ! 分かっている。分かっているとも。これも、あの男に操られてのことだろう! けど、安心してくれ! 俺がすぐに助け出してやるから!!」


 こいつには人間の言葉が通用しないらしい。

 冬華の言葉ですら、満足に聴こうともしていない。


 そんでもって、なぜか自信満々に、小泉は僕を睨みつける。


「おい、お前……柊木、というらしいな」


 ギルマスに聞いたのか、小泉は僕の苗字知っていた。


「だからなんだ」

「――俺は、お前に決闘を申し込む!」


 一瞬の静寂。


「……は?」


 僕は思わず疑問符を浮かべた。

 どこの時代錯誤野郎だ? というのが、僕の率直な感想なわけだが……どうやらこの男は本気のようだ。


 僕が彼の頭の悪い勘違いを訂正する暇もなく、話は進んでいく。


「まさか、受けない……なんて言わないだろうな」


 いや、そのまさかなんですが。

 受けたいとも思わないし、そんなことをしても無駄だと思うのだが。

 というか、それ以前に――


「あのさ、決闘罪って知ってる?」


 案外マイナーな刑法ではあるが、厨二病発症時期に調べたことがあった。


「決闘を挑んだ者、応じた者は、6ヶ月以上2年以下の懲役。実際に決闘を行った者は2年以上5年以下の懲役だ」


 無駄に覚えていた雑学を振りかざし、分かっているのか? と僕は語気を強めた。


 僕の気迫に押されたのか、小泉は一歩たじろいだように見えた……が、しかし退く様子はない。


「そんなもの、バレなければどうと言うことはない! もしバレたとしても、訓練だとでも言っておけばどうとでもなる。最悪、僕のパパに揉み消してもらえばいい!」


 もう、ヤケクソになっているのではないか、と言わんばかりに滅茶苦茶言ってやがる。

 っていうか、パパ呼びはもう隠さないんだな。

 案外可愛いところもある。


「立会人は……おい、アンタがやれ」


 受ける。とは一言も発していない僕を他所に、小泉は立会人としてギルマスを選んだ。


 だが、彼も微妙な表情。

 まさかこんなことになるとは……とでも考えているのだろうか。


 できることなら、ギルマスにこの事態を収めてもらいたいものだが……ま、それは無理か。


 ここまでの流れで、今この場に限った話ならばギルマスは使い物にならないというのはわかっている。


 結局、自分でどうにかしなければいけないのか。

 迷惑。

 本当に迷惑だ。


 冬華も、僕と同様に顔を顰めている。


 安易に受けた依頼が、ここまで面倒なことになるとは、流石に思っていなかった。


 僕と冬華は、今更ながらに後悔していた。

 割りの良い仕事には裏がある。

 それが改めて分かった。


 特に今回は、最低レベルにクソったれなお仕事だ。

 こんなの、一億じゃあ釣り合わない。

 十億は持ってこいよ、と思う今日この頃であった。

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