小泉の罵倒
「な、なんだとっ!」
そんなバカな……と、男――小泉は口調を荒げた。
そして僕は、バカはお前だ、と喉元まで出かけた言葉を寸前で飲み込んだ。
結構危なかった。
「こ、この俺がここまでコケにされたのは初めてだぞ」
ヒクヒクと頬を引きつらせ、小泉は鋭い視線を投げかけた。
が、そんな彼の敵意など、僕たちが今まで経験してきた修羅場と比べればお遊戯レベルに等しい。
故に、微塵の脅威も感じはしない。
僕は、小泉の言葉を無視して話を進める。
「それで、依頼されていた宝石の話……だったよな」
「あ、ああそうだ」
返事を返したのは、小泉でなく、ギルマスだった。
「今回、小泉氏の御子息がいらっしゃったのは……もう分かっているだろうが、依頼達成のめどが立っているのかどうかの確認のため……なのだが」
どうなんだ。と、ギルマスは目で問いかけてくる。
「それはもちろん……」
「ふんっ、どうせ無理だったんだろ」
小泉は先ほどの鬱憤を晴らすべく、鼻息荒く僕の言葉を遮った。
「お前みたいな凡人が、二十階層へ行けることだって疑わしい……いや、本当に探索者なのかも怪しい限りだというのに、僕の依頼を達成できるとは到底思えないね」
肩を怒らせ、小泉の僕への罵倒は止まらない。
というか、探索者であるかも怪しいって……だったらなんで僕はここにいるんだ。
無茶苦茶な言いがかりに、僕は内心で重くため息を吐いた。
そして、そんな僕を見かねてか、冬華が険しい目で小泉を睨んだ。
……僕の背中に隠れながら。
「ご依頼の宝石なら、もう取ってきました!」
そう叫んだのは冬華だった。
驚いて、小泉の肩がビクリと跳ねた。
「あ、あんた……は」
小泉はすっかり冬華の存在を忘れていたようだ。
これは、僕に対する怒りの感情が大きかったからだろう。
「そ、そうか……アンタがいたなら、この程度の依頼を達成出来ないわけないよな」
ハハッ、と取り繕ったような笑いが漏れる。
彼の言葉は、以前に冬華の力の一端を見ることが出来たが故なのだろう。
だからこそ、僕のような人間が、冬華と肩を並べられるだけの力を有しているとは微塵も考えられないのだ。
冬華の力は魔術という超常のもの。
一般人からしたら、神の御業とも取れるような非現実的で圧倒的な暴力。
それさえあれば、どんな生物だろうと相手にならない。
圧倒的な力でもって殺害し得る。そう考えているからこそ、彼女の力さえあれば、ダンジョン二十階層であっても攻略が可能だと見たのだろう。
つまり、こいつの目から、僕は冬華の力に寄生するただの凡人に写っているのだ。
なるほど。そう考えれば、小泉が僕をこれだけ目の敵にするのもうなずける。
僕がそんな推論を思考している間に、冬華はキッと目を細めて威嚇の姿勢をとる。
「わ、私の力だけじゃありません! 奏くんの力がなければ、フロアボスを倒すことは出来ませんでした! 今回だけじゃない! 私がここまで来れたのは、奏くんのおかげなんです! 謝ってください! 奏くんに、謝ってください!!」
冬華の必死の訴え。
胸元で拳をギュッと握り、心から叫びをあげるその姿に、僕は胸一杯の幸福に似た感情を抱いた。
彼女が、ハッキリと僕という存在を肯定してくれたことがとてつもなく嬉しかった。
とはいえ、今回は正直、僕の働きはそう大したものではなかったという思いもないではない。
ここまでに至る道では、たしかに冬華の力になれた、という自負はある。
しかし、ジュエルタートルを討伐するにあたって、主に活躍したのは冬華だ。
僕は、ジュエルタートルが甲羅に篭るまでは戦闘に参加したが、それ以降は役に立てず。
というか、手の出しようがなかった。
最終的には、冬華が凍らせてあっさり終わった形だ。
今回に限った話ならば、僕は冬華に寄生したと言っても過言ではないのかもしれない。
まあ、だからといってこの男に偉そうにされる筋合いはないし、ここまで馬鹿にされるいわれもない。
経済面ではともかく、空手の都大会十六位(笑)の小泉よりも戦闘面では圧倒的に僕の方が上だろうことは、慢心でも傲慢でもなくわかる。
それになにより、こいつは探索者ではない。
魔物と戦うということ、命の駆け引きをするということの怖さも知らない坊ちゃんが、何を偉そうな……それが僕の、彼に対する正直な感想だ。
そんな奴に、嫌々謝られたところで、心には響かないし、より不快感が増すだけだ。
できることなら、この依頼を最後に僕たちに関わるのをやめてほしいものだが……そうはいかないだろうな。
見た感じ、この男は冬華に惚れているようだし。
それに、粘着質な男のようでもある。
この手の男は諦めが悪いって話をどこかで聞いたことがある。
そんでもって女にも嫌われやすいとも聞いたことがある。
ザマァ。
冬華も、こいつには恋愛感情は抱きそうもないし、早々に諦めて欲しいものだ。
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