親が偉いだけ
「な……お前は……っ!」
ソファに座る男が、思わず、といった様子で呟いた。
僕も、その男には見覚えがある。
というか、僕も冬華も、こいつのことは覚えている。
つい先日のあの出会いは絶対に忘れられない。
「――クソヤリチン野郎」
僕は釣られて呟いてしまった。
互いの間に険悪な空気が漂う。
そこで、ゴホンッ、とギルマスのわざとらしい咳払いが注意を引いた。
「あー、お二人はもしかして知り合い……かな?」
なんだか以前よりも少し丁寧な口調のように感じる。
それは、この男が関係しているのだろうか。
「ああ、そうだ。こいつはこの間、初対面で俺を散々バカにしてくれた奴でね。よく覚えている」
「そ、そうですか。それは大変申し訳ありませんでした」
ギルマスの目が、何してくれてんだ、とでも言いたげに鋭く細められた。
まあ、だからどうした、といった感じだが。
「ふん、まあ許してやってもいい。そいつのことは気に食わないが、アンタと、そこの天使には恨みはないからね」
男はキザな笑みを冬華へと向けた。
本当に顔だけはイケメンだ。
性格はどうしようもないブスだがな。チャラいし。狙ってるようにしか思えない。正直気持ち悪い。
冬華も若干引いている。
その証拠に、彼女は男の視界から外れるようにして僕の背後に回った。
「それで、例の物だけど……もしかして?」
「ええ、彼らに依頼を受けて貰いました」
「そ、そうか……」
男は「やはり」と、微妙そうな顔で曖昧に笑った。
「一体なんの話ですか?」
僕は……というか、僕と冬華はなんの話をしているのかついていけずにそう問うた。
「彼は、以前君たちにお願いした、二十階層フロアボスのドロップアイテムの獲得と譲渡依頼。その依頼主だ。まあ、正確には依頼主の御子息……なんだが」
肝心の依頼主――親父さんはここにはいないようである。
「別に問題はないだろ? 俺の身分は前もって証明されている。それに、さっきも言ったが、今日はパ……父の代理でここに来ている」
ムスッとした表情で、男はギルマスに詰め寄った。
「わ、分かっています。わかっていますとも」
ギルマスは、最初に僕たちと出会ったときの威圧感は何処へやら、ヘコヘコと謙った様子。
この男――ひいてはこの男の父親はそこまで偉い人間なのだろうか。
一般人の僕にはよく分からない。
「まあ、いいだろう。……で、肝心の宝石はどうなんだ。依頼の期限日はもう近いんだろう?」
ニヤニヤと笑う男。
気色が悪い。
そういえば、こいつの名前は知らないな。
まあ、知らなかつたとしても何か害があるわけでもないのだが。
「――そんなことよりも、お前誰だよ」
僕は怯まず愕然と言い放った。
男の顔を見ると、呆然とした表情。
普通に考えれば、質問に質問で返すような失礼な物いいだし、よく考えなくても失礼だ。
だが、僕は謝ることなんてしない。
普通の人相手ならば礼節は重んじるが、相手がこいつとなれば話は別。
僕はこいつが嫌いだ。
そして、僕はこいつの部下でもなんでもない。
赤の他人だ。
偉そう指図されるいわれはないし、そもそも失礼なのはあちらも同じだからおあいこだ。
「お、お前……今まで俺のことを知らないで話していたのか!?」
男は驚いて目をかっ開いた。
「そ、それなら今までの無礼も納得だ。なにせ、俺のことを知らなかったのだから。まあ、無知なのは仕方がない。いいか、よく聞け! 俺の名前は小泉 修二。国会議員の父と女優の母を持ち、空手で都大会十六位に輝いた天才だ!」
「うん、全く知らない」
僕は胸を張って自信満々に自己紹介を始めた男に、キッパリと言い切った。
親は国会議員と女優というのには、へぇすごいな、くらいは思ったが、それだけ。
そもそも、空手の都大会十六位で天才っていうのは、いささか微妙じゃなかろうか。
いや、凄いとは思うけども。
なんだか微妙で、残念だ。
今の僕なら、余裕で全国を制することができる気がする。
勿論、空手の技術なんてないから、単純な膂力だけになるだろうけど。
それでも、案外余裕で行けそうな気がする。
というか、親のスペックとこいつの有名度はそんなに比例するもんじゃないと思うんだが。
なぜこいつはここまで偉そうなんだろう。
そう考えると尚更ムカつく。
机の角に頭ぶつけて無様に気絶して欲しい。
僕は内心、男へ向かって中指を立てた。
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