引きこもりタートル
「か、奏くん!」
腹部が貫かれるような強烈な衝撃が僕を襲った。
今までにないくらいの激痛と熱。
痛さのあまり、一瞬気を失いかけた。
が、僕はすんでのところで踏ん張った。
意識が持っていかれる前に自ら唇を噛み、別の痛みを持って自制し、倒れこみそうになる体をなんとかして抑え込む。
やはりというべきか、“適応”ではこの威力に対応するのは難しかった。
とはいえ、僕が【魔魂簒奪】によって手に入れた能力群の中には、僕を回復させるためのものもある。
それをフル稼働させれば、どうにかなるんだ。
今は冬華を守りきれただけ良しとしよう。
「ごめん、冬華……僕は回復のためにしばらく動けそうにない。少しの間だけ、時間を稼いでくれ」
僕は視線をジュエルタートルから逸らさないまま、背後にいるだろう冬華へと語りかけた。
「か、奏くんは、大丈夫なんですか!?」
焦ったような声音。
僕は貫かれ、今も血が流れ落ちる腹部を右手で押さえつけながら口を開く。
「僕は平気だよ。見た目は酷いけど、そこまで痛みはないし、直ぐに治せる」
嘘だ。
今もめちゃくちゃ痛いし、なんなら涙が出てきそうなのを必死でこらえているくらい。
一般人なら致命傷。
これで死んでいてもおかしくはなかっただろう。
だが、その嘘も必要なこと。
証拠に、冬華はホッと安堵の息を吐き、ジュエルタートルを見据えた。
僕の嘘が、彼女へ的確な判断を与えたのだ。
僕は冬華が時間を稼いでいる間に何とかして体を回復させる。
“再生”。
徐々に、徐々に、傷が塞がっていく。
土手っ腹に空いた風穴が逆再生するかのように、回復する。
失った血も、少しずつだが、戻ってきているのがわかる。
ここまでの傷を負ったのは初めてだが、何とかなりそうだ。
この調子だと、あと数分もあれば傷が完治するのもすぐ。
僕はジュエルタートルと相対する冬華へと視線を移した。
彼女の傍には、いつのまに召喚したのか、アオがいた。
ふわりふわりと体を宙に浮かせながら、冬華にまとわりついている。
何も知らない人間が見れば、化け物と少女という、勝敗の見えているような戦い。
しかし、その実有利なのは冬華だ。
確かに、ジュエルタートルの宝石を飛ばす攻撃は高い殺傷能力を持つが、リロードまでに時間を要する。
さらに、射出までに予備動作があるのだ。
注意してよく見れば、避けられないほどではない。
まあ、さっきの僕たちのように気を抜いていると、ああやって致命傷を受けてしまうのだが。
だが、冬華に油断はない。
僕がやられた、ということもあって、より一層鋭くジュエルタートルを睨みつけている。
冬華がジュエルタートルに優っている点。
それは【氷魔術】に予備動作が必要ないということ。
さらに、魔力の続く限り弾切れはなく、アオの力もあって威力は十分。
例えジュエルタートルが甲羅の中に篭ってしまっても、全身を氷漬けにしてやれば寒さでいつかはやられる。
つまり、冬華がまともに攻撃を食らうことさえなければ、こちらがほぼ間違いなく勝てるのだ。
さて、そこまで分かっていて、冬華はどう動くのか。
ジュエルタートルはどう対応するのか。
僕は腹の傷を抑えながら一先ずは傍観に徹し、回復に努める。
互いに牽制の視線を向けつつ、最初に動いたのはジュエルタートル。
ガパッと、大口を開き、宝石が超高速で吐き出された。
ただし、それは冬華にはバレバレ。
回避行動に移りながら“氷轢弾”をばらまく。
スキルレベルの高さと彼女の【守護精霊】たるアオの存在もあって、その威力は強力無比。
さらに、正確に放たれた氷の弾丸はジュエルタートルの右目を潰した。
痛みに耐えきれず、ジュエルタートルは甲高い叫びをあげ、遂には甲羅の中に体を潜めた。
あっけないな。堪え性がない。
普段甲羅で覆われ、守られているせいか、痛みに慣れていない様子。
本当に情報通り、魔物とは思えないほどの臆病さだ。
しかし、僕たちにとってはこれでいい。
むしろ好機とも言える。
とはいえ、これで僕は傷を完治させても出る幕がなくなってしまった。
用無しというやつだ。
あとは冬華がジュエルタートルを打ち倒すのを見ていよう。
まあ、すぐに終わってしまうと思うが。
そんな僕を尻目に、冬華は甲羅の中に引きこもったジュエルタートルを見下ろし、手をかざした。
今から彼女がやろうとしていることはよくわかる。
これを人間に置き換えると、なかなかに無残だ。
なにせ――
「――凍れ、“氷結”」
零度を下回り、酸素の通らない密閉された凍結空間に延々と閉じ込められ続けるのだから。
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