ジュエルタートル

「はぁぁぁぁあ!!」


 僕は裂帛の気合と共に、刺突を繰り出した。

 “黒鬼化”をも使用し、腰の入った一突きは、魔物の腹部に大穴をあけ、そして魔物の肢体を靄へと変えた。


 冬華へとプロポーズをしたらしい、あの、変態ヤリチン男との遭遇から二週間と少しが経過した。

 あれから、幸いにも奴に遭遇することはなく、こうして無事にダンジョン攻略に精を出している。


 今は、うっかり踏んでしまったモンスター出現トラップで出てきた魔物を始末していたところだ。

 とはいえ、そこまで脅威であったわけでもなく、ものの数分で片付いてしまったが。


「奏くん」


 短剣を持って背後に立つ冬華が僕の名前を呼んだ。


「あれって……」


 彼女は前方に指を指す。

 その向こうにあったのは、荘厳な意匠の凝らされた禍々しい扉。


「……ボス部屋、だね」


 僕はゴクリと唾を飲んだ。

 期限まであと一週間ほどを残し、ここまで辿り着いた。


「どうする? 今日、このままボスに挑戦するか、それとも明日にしておくか」


 僕は冬華へと問うた。

 パーティである以上、意思の共有は必要だ。

 故に、僕は彼女に意見を求める。


「……行きましょう。私、なんだか今日は調子がいいんです」


 このまま勢いを殺したくない、と。

 彼女の目には強い光があった。


 僕は、特に反対意見があるわけじゃなかった。

 もちろん、承諾だ。



 僕と冬華は扉に手をつけた。

 これを押せば、その先にはフロアボスがいる。


「――いこう!」


 扉が、開かれた。

 とたん、視界が光が飛び込む。


 部屋の中は、途方も無い輝きで溢れていたのだ。

 それは、ダンジョンの壁が放つ、淡い光源と、それを反射する、宝石の煌めきであった。


 ――ジュエルタートル。

 それが、二十階層フロアボスの名だ。


 その名の通り、全身を宝石で固めた亀型の魔物。

 甲羅に幾百の宝石が埋め込まれ、色とりどりに輝く様相は、フロアボスとして申し分ないものであった。


 さらに、僕がギルドから得た情報によると、防御力はこれまでに遭遇した魔物たちとは比較にもならないほど。

 体を甲羅へと隠す、完全防御体制に入ってしまえば、もうどうすることも出来ないのだとか。


 まあ、そうなれば持久戦あるのみだ。


 ただ、こいつの取り柄が防御力だけであるのならば、討伐はそう難しくはなかっただろう。

 問題は、一撃必殺の攻撃力をも有していること。


 ジュエルタートルの有効攻撃手段としては、首を伸ばして噛み付く。口や甲羅から宝石を射出する、なんてのがあるらしい。

 なんとも贅沢な攻撃手段だ。羨ましい。


 だが、これにも弱点がある。

 ジュエルタートルが首を伸ばせば、その分首の防御は薄くなり、甲羅から宝石を射出すれば、その分の硬度が落ちる。


 狙うとすればそこだ。


 最善は体を甲羅の内側に隠してしまう前に仕留めることだが、これは難しいと僕は見ている。


 情報を額面通りに受け取るなら、ジュエルタートルは臆病な魔物だ。

 それこそ、フロアボスとは思えないくらいに。


 もし、僕たちが自分の脅威である、と判断したならば、すぐにでも完全防御態勢をとるはず。


 そうなったら、僕では手の打ちようがなくなる。

 自然、冬華に任せることになるだろう。


 グッと拳を握り、“黒鬼化”を発動させた。


 同時に、扉が開かれたことない気づいたジュエルタートルは僕たちへと視線を移した。

 感情のこもっていないような、不気味な瞳。


 他のフロアボスのような、威嚇を示す咆哮はなかった。

 だが、それが逆に僕らに緊張感を与えた。


 カパッ、とジュエルタートルは無造作に大口を開く。


 なんだ? と僕たちが疑問符を浮かべ、次の瞬間。

 十センチほどの鈍色に煌めく宝石が乱回転しながら僕たち目掛けて飛来する。


 まずい! と僕たちはすぐさま理解した。

 その威力、その一撃が及ぼす攻撃力を。


 避ける? 無理だ。冬華を抱えて逃げるまでの余裕はない。

 しかし、このままでは僕だけでなく冬華へも直撃する。


 “転移門”は? いや、無理だ。展開までに時間が足りない。


 どうする、どうする、どうする?


 思考が加速していく感覚が手に取るようにわかった。


 そして、このまま何もしなければ、死にはせずとも致命傷を負うだろうことは認識していた。

 さらに、そうなってしまえばそのままジュエルタートルに僕たちは殺され、全滅。


 ――そんなこと、させてたまるか!

 僕は、僕たちはまだ死ねない。死にたくない!


 頭をフルで動かせ!

 脳にこれまでないくらい、血が流れ、熱が発生する。


 宝石の弾丸は、もう、すぐそこまで来ていた。


 これ以上考えている時間はない。


 僕は咄嗟に、冬華の前へと体を広げていた。

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