ブチギレ

「どういった関係……か。聴きたいなら聴かせてやる。俺と彼女がどのようにして出会ったのか!」


 妙に大袈裟な身振り。

 渋々、という雰囲気の口調だが、それとは反対に、誰かに話したくてたまらないといった感じで瞳をキラキラと輝かせている。


 めんどくさい性格だ。

 いくら見た目が陽キャでも、これでは友達も少なそうだな。


 僕らを遠目から眺める野次馬たちも、男のことを胡乱な目で見ているのはここでも感じ取れた。

 というか、ここは一応公共の歩道であり、ぶっちゃけるなら、今ここで僕らがやっていることは迷惑行為に他ならない。


「あー、その前に場所を移さないか?」


 ここでは迷惑だから。と僕はそう促したのだが――


「なんだ、今更怖気付いたのか? この衆目の中で彼女への愛が俺に劣っていると知らしめられてしまうことに!」


 彼はどうやら聞く耳を持っていないようだ。


 阿呆のようなことをわめき散らしながら、マウントを取りに来る。

 正直言って、うざい。

 僕の人生の中でもこれまでにないくらいだ。


 例えるなら、力で押さえつけた上で、男としてのプライドをズタボロに引き裂いてゲイ風俗に投げ捨ててやりたいほどといえば分かるだろうか。


 男としての尊厳を木っ端微塵にされれば、この妙なほどに偉そうな態度も少しは改善されることだろう。

 まあ、流石に本当にやるわけでは無いが。


 先ほどの発言皮切りに熱が入ったのか、早口に冬華への愛がなんとかとまくし立てる男に、僕は軽く舌打ちしながら言葉を選ぶ。


「あのさ、そういうのはもういいから、ちょっと黙ってくれないかな?」


 少しだけ語気が強くなってしまった感はあるが、それでも今の僕に出来る限り優しく諭したつもりだった……のだが、男はそれすらも気に食わなかった様子で、眉を釣り上げ、無遠慮に言葉を荒げる。


「はぁ? 天使の言うことならまだしも、なんでお前の命令を聞かなきゃいけないんだ。童貞は一人で寂しくシコシコやってろや!!」


 その言を最後に、ブチリ、と頭の中で何かが切れた音がした。


「この……ヤリチンクソイキリナルシストがぁぁぁぁぁぁ!! テメェのチ○コ引き千切って犬の餌にしてやろうかぁ!!」


 怒りが遂に沸点に達し、気づけば僕は、喉がはち切れんばかりに叫んでいた。

 そして、無意識のうちに“恐慌の紅瞳”を発動させていたようだった。


 紅色に瞳が染まり、男は僕の眼を見た。見てしまった。


 そのせいで、“恐慌の紅瞳”は正常に機能した。

 レベル差……というかそもそも、ダンジョンの最前線にいる僕と、探索者ですらない彼とでは力の差が大きすぎた。

 それ故に、効果は抜群。


 僕の紅瞳は、恐怖を与え、体を硬直させるだけに留まらず、男に尻餅をつかせてしまったようであった。


「な……え、は……?」


 男は何が起こったか分からない様子で、呆然としている。


 口をみっともなくパクパクと開閉させて、立ち上がる気力すらも無くなってしまったみたい。


 瞬間、僕の頭からサーっと血の気が引いていくのが感じられた。


 無意識とはいえ、一般人に向かってスキルを使ってしまったのだ。

 一瞬の出来事であったし、バレることはないだろうが、それでもたしかに僕は禁止事項を破った。

 それが、どうしようもなく申し訳なかった。


 幸いにも、周囲の人間は今さっき何が起こったのか分からないようで、ただ僕の叫びにビビって男が尻餅をついた……ととっているみたいだが、もしここにそれなり以上の実力を持った探索者がいれば、すぐにでもばれていたことだろう。


 迂闊だった。

 考えが甘かった。

 なんであんなことであそこまで取り乱してしまったのか。


 僕が自責の念に浸っていると、クイクイと服の袖を引っ張られる感覚を覚えた。


 冬華だ。

 しかし、彼女の顔に、先ほどまでの怯えはなかった。


「今のうちに逃げましょう。チャンスです」

「えっと……アレはどうするの?」


 僕は尻餅をついたままの態勢で固まる男を指差した……のだが、冬華は冷めた目つきで冷酷に突き放す。


「アレ、ですか……まあ、そのままにしておけばいいんじゃないですか? 無駄に絡めばさっきよりも面倒なことになりそうです」


 いや、本当にひどい言い草だ。

 あいつも、自分が天使だと思っている女の子にこんなことを言われているとは露ほども思っていないのだろうな。


 というか、面と向かって言われても何だかんだ対応は変わらない気がしないでもないが。

 もしそうなら、真性のドMだな。


 さっきまで慌てていたが、一周回って頭が冷静さを取り戻した。


 確かに冬華の言う通り、このまま何事もなかったかのように去ってしまうのがいいような気がする。

 うん、そうだ。

 これ以上大ごとになる前にさっさと移動しよう。


 決まったら行動は早い。


 僕たちは互いに顔を見合わせると、未だ立ち上がろうとしない男へと背を向けた。


「おい、まて! どこへ行くつもりだ! おい!」


 背後から焦った男の声が聞こえてくる、が、無視だ。


「ふざけるな!! 俺にこんな恥かかせやがって! 絶対に後悔させてやる! 俺に逆らったらどうなるか、思い知らせてやるからなぁぁぁぁぁ!!」


 腰を抜かした男の叫びが僕らの耳を通って抜けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る