ヤリチンクソ野郎

「だから、何度も言っていますが、私はあなたとお付き合いをするつもりはありません!」


 聞き間違えではなかった。

 やはりこの声は冬華のものだ。


 でも、なぜ? 疑問が僕の頭をよぎり、しかし今はそんなことを考えている場合じゃないと首を振った。


 冬華と、そして誰とも知らない男は未だ白熱した論争を続けている。


「お、俺は、あの時からずっとアンタを探して……!」

「それはもうわかりました! ですが、私はあなたのことを好きなわけではありません。お願いですから、もう私に付きまとわないで下さい!」


 徐々に冬華の言葉に怒気が宿り始めているのが、ここからでもわかった。


 このままではキレて【氷魔術】でも使ってしまいそうな勢い。

 市街で魔術を行使しただけでも犯罪ギリギリだというのに、それで一般人を傷つけてみろ、それはもう犯罪だ。


 しかし、冬華を犯罪者にさせるわけにはいかない。

 今の彼女を御せる人間はここには僕しかいない。


 迷いはなかった。

 僕は人垣をかき分けて、彼女の元へと走り寄る。


「――冬華!」


 叫んだ声に反応して、両者の視線が僕を向く。


 片や安堵と羞恥、そして焦燥の綯い交ぜになった複雑な視線。

 片や怒りと嫉妬、そして不信感の篭った視線。


「誰だよ、お前」

「――奏くん!」


 男が口を開いた、と思った時には冬華が僕へと駆け寄ってきていた。

 そのまま彼女は僕の背中に隠れる形をとり、後ずさった。

 僕を盾にするつもりなようだが、まあそれはいい。


 僕は気を取り直して、冬華へと言い寄っていたらしい男へと目を向け、そして凝視する。


 対して、男も僕を観察するように上から下まで舐め回すように見回した。


 次の瞬間、男は見下した表情で口火を切った。


「まさか、お前がその人の彼氏だと?」


 ありえない、とでもいいたげに、男は問うた。


 ただ答えるだけならば、「違う」と断定して仕舞えばいいだけのことだが、そうなると、それはそれで面倒そうだ。


 僕はチラと冬華へと目配せした。


 彼女の瞳からは怯えが見て取れた。

 日々ダンジョンにこもり、魔物を討つ探索者ではあるが、それ以前に彼女は女の子なのだ。


 この状況で何も感じないわけもない。

 ――しょうがない、腹をくくるか。


「そうだけど、なにか?」


 大きく息を吸って、答えた。

 出来るだけ自然に、堂々と、胸を張って。


 背後で冬華が困惑している気配に気がついたが、しかし、僕はこのまま押し通す。


 勝手に僕の彼女ということにされて不愉快に思っているのかもしれないが、この場を乗り切るために、少しの間だけ辛抱してもらおう。

 なんだか、申し訳ないことをしているというのに、一瞬でも冬華の彼氏役になれるというだけで、僕は胸の内が多幸感で溢れ返っていた。


 だが、その幸せに遠慮なく土足で踏み込んでくる輩がいるもので……


「ふ、ふざけるな!! お前みたいな平凡な顔で貧相な服装、童貞臭い雰囲気の、ただ凡夫が! 彼女のような天使と釣り合っていると思うのか!? 思い上がるのも大概にしろ!」


 黙って聞いていれば酷い言われようだ。

 ってか――


「童貞臭いとか関係ないだろぉがぁぁ!!」

「ふっ、やっぱり童貞か……」


 憶測でものをいうこの男に、温厚な僕もついついイラっときて怒鳴り散らしてしまった。

 いけない、いけない。

 普段の僕は温厚なのに。


 並大抵の罵詈雑言なら耐えられるのに。


 なんなんだこいつは……と、僕は重い重いため息を吐きつつ、対面に佇む男を睨みつける。


 これまで人生で失敗したことが無いような自信に満ち溢れ、整った顔立ち。

 太っているわけでも痩せているわけでも無い、丁度いい、モテそうな体つき。

 チャラそうで無駄に派手な金髪。

 年齢は僕たちとそう変わらないだろう。


 見た目だけならチャラ男。

 ヤリチンクソ野郎といったところか。


 恐らく高校時代はサッカー部だったに違いない。

 学校でも女の子を何人も侍らせて、休み時間には周りの人間のことなぞ一ミリも考えないで騒ぎ立て、彼女を膝の上に乗せていたのだろう。


 さらに、彼女がいるのにほかの女に手を出しても許されたりな!


 っち! ヤリチンのくせに冬華にプロポーズなんてしやがったのか……インポになればいいのに。


 内心、盛大に毒づきながら、静かに口を開く。


「……で、仮に、もしも僕が童貞だったとして、なんで君にそこまで言われるのか、よくわからないんだけど? っていうか、君は冬華とどういった関係なんだ?」


 震える怒りをグッと抑え込んだ。

 口元がヒクヒクと痙攣しているが、ここは我慢だ。


 もし、一般人とは比較にならない力を持つ僕たち探索者が彼らを殴ろうものなら、軽い一発であっても骨の一本や二本は赤子の手を捻るような気軽さでへし折ってしまえるのだから。

 それに、もしやるとしても事情くらいは詳しく聞いておきたい。


 さっきまでの会話から察するに、この男と冬華は今日初めて会った、というわけでは無いようだし、何かしらの形で再開したのだろう。

 ならば、ここまで至った経緯があるはず。


 それを聞かないことには僕はどうにも出来ない。


 例えイラついていたとしても、無意味に僕が行動を起こすことが吉と出るとは限らないのだから。

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