プロポーズ?

「いや、え……?」


 僕の頭は混乱で支配されていた。

 なんせ、僕は依頼達成とともに彼女が探索者を辞めてしまうとばかり思っていたのだから当然だ。


「な、なんで?」

「なんで、って言われても……」


 困ったように、冬華は苦く笑った。


「たしかに当初の目標は達成することになりますけど、あの家を維持するお金とか生活費、あとは今通っている大学の費用とかただでさえお金は必要ですからね。このまま大学を出て働くよりも、探索者をやっていたほうが絶対に稼げますから。辞める意味がありませんよ?」


 言われてみればその通りだ。


 先入観から突っ走ってしまった。

 一呼吸置いて冷静になると、次第に顔面に熱が篭りはじめる。


「そ、そっか……」


 いや、そうだよなぁ。

 なんで僕、そこまで考えられなかったんだろう。

 あんなの、無駄に恥をかいただけな気がする。


 僕は溢れ出る羞恥心に押し負けて、思わず顔が地面を向く。

 それをどう捉えたのか、冬華は困ったような顔で僕の顔を覗き込む。


「あの、えっと……でも、さっきの言葉、嬉しかったですよ?」

「え?」

「だから、さっきの……一緒にいて欲しいってやつ……嬉しかったです」


 僕の間の抜けた声に間髪入れずに冬華は畳み掛ける。


「な、なんだか告白されているみたいで緊張しましたけどね!」


 照れを誤魔化すように彼女は顔を背けた。


 いい感じの雰囲気。

 これで、「好きだよ」とか、「みたいじゃなくて、本気」なんて言おうものなら、ワンチャンスあるかもしれない、なんて邪念が脳裏を横切った。


 そして、実際喉のところまで言葉が出かけて……それは強引に押し戻される結果となった。


 僕が俯いたままの顔を上げたその時。

 彼女は何かを呟いていたのだ。

 僕にも聞こえないくらいに小さな声だったが、たしかに聞こえた。

 熱のこもったか細い声が。


「――いま、なんて?」


 僕は身を乗り出して冬華を見つめ、そして――


「な、なんでもない、なんでもないです!」

 

 カァァァッと、首まで赤く染まって慌てて首を振る。

 なんでもないと言いながら、この様子では、何か重要なことを言ったのではないか? と余計に気になってしかたがない。


 とはいえ、必要以上に追求するのではしつこいと思われてしまうだろう。


 僕が対応に困っていると、この空気感に耐えられなくなったのか、冬華は駆け出した。


「あ、あのっ! 私はもうここで! じゃあまた明日です!」


 早口にそれだけ言い放って、彼女は小走りに去っていく。

 小さな背中が徐々に視界から遠ざかり、僕は小さく溜息を吐いた。


「……なんだったんだ?」


 ◆


 翌朝。

 ギルド会館前で冬華と集合……という予定だったのだが、集合時間の十分前になっても、彼女は現れていない。


 こんなことは今までなかったのだが、どうしたのだろう。

 もしかして、昨日のことをまだ引きずっているのかな? とも思ったが、連絡もしてこないとなると少し不思議だ。


 僕は冬華と、あとは念のために水穂さんにもメールを送って確認をとった。


 それから数分。

 未だ冬華からの連絡はないが、対して水穂さんからは返信があった。


 なんでも、もう一時間ほど前には家を出ている、とのこと。


 となると、ここに来るまでに何かトラブルにでも巻き込まれている可能性は否定できない。


 僕は急いで彼女の家までのルートを辿ることにした。

 槍に皮鎧を装備しているから、目立つ上に重いのだが、それは仕方がない。



 冬の朝ということもあってまだ寒い。

 だがまあ、歩いていればそのうち慣れる。


 走るたびに息が弾んで白い吐息が撒き散らされていく。

 冷えた体を温めるように、僕は足を動かす。


 足早に冬華宅へ向かい、そしてその途中。

 時間にして約二十分程度だろうか。

 そこそこ歩いたところで、妙に騒がしい場所があるのに気がついた。


 まだ朝早いというのに、野次馬根性旺盛にできた人垣。

 その中心にいるであろう人物の声は嫌が応にも僕の耳に届いてきた。


 張りのある若い男の声だ。

 姿は見えないが、強気な性格を思わせる低い声であった。


 最初は何かパフォーマンスでもやっているのか? とおもったものだが、どうやらそういうわけではないらしい。


「これ、どうしたんですか?」


 僕はそれが妙に気になって野次馬のおじさんに声をかけた。


「ああ、なんか、若い兄ちゃんがプロポーズしてるらしいぞ。まあ、見た感じ、相手にはあんまり本気にされてないみたいだけど」


 それだけ聞いても、「あっそう」というのが、僕の感想であったが、これが、その女側の声を聞こえてきてからすぐに驚愕に変わった。


 言い争うような激しい男女の声。


 そのうち、女の声には聞き覚えがあったのだ。

 というか、昨日も聞いた声だ。


「――冬華?」

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