叫び

「ボス……の魔石はともかくとして、量は少なめですね……」


 若干がっかりしたように、立花さんは肩を落とした。

 だが、そこはプロ。すぐに気をとり直してドロップの査定に入る。


 量がないということもあるが、それ以上に彼女の腕がいいのも相まって、鑑定に時間はかからなかった。

 わずか二、三分。


 立花さんは高速で査定をすませると札束をトレーに乗せた。

 額としてはいつもより少しばかり少な目だ。

 まあ、普通の探索者と比べると、段違いな額ではあるのだが。


「はい、これが今回の報酬です」


 僕は詳細紙とともに報酬を受け取り、そのまま冬華に手渡す。

 いつもならばこれで解散の流れだが……今日はまだやることがある。


「ん? まだ何か用件がありましたか?」

「ああ、えっと……二十階層のトラップの情報で補足したい点がいくつかあって――」



「有用な情報の提供、ありがとうございます! 情報料はたんまり……とまでは流石に出来ませんが、それなりには用意させていただきますね」


 僕らが今日の二十階層探索で入手した情報。

 そのほぼ全てを提供した。


 二十階層ともなれば、僕らの先を進む自衛隊員といえども攻略難度が高くなり、情報収集の質も落ち始めている。


 そこをカバーするように僕らが手を出すことで、情報料を得る。

 これは今度とも良い収入源になるだろう。


 また、僕らがこうやって情報料を得ることで、立花さんにも利益がある。

 僕らは彼女に恩を売りまくることで、情報面やドロップの買取額なんかにも多少だろうが色をつけてくれる。

 互いにウィンウィンな関係だ。


 立花さんの声音も先ほどまでよりも幾分か艶があるように思える。

 臨時収入があったからだろう。


 冬華もまた、立花さんと同じ理由で上機嫌だ。

 今回の依頼が無事成功すれば、彼女の目標金額には達するはずなのだが、それでもお金が入ってくるのは嬉しいものなののようだ。


 妙に軽い足取りで、彼女はギルドを後にして、僕はその背中を追った。


 ◆


 帰り道。

 暗く空が染まる夕方。


 街灯の光に照らされた闇夜。

 薄暗い景色に包まれた静けさの中、僕たちは二人並んで足を進める。


 静かに一歩を進める僕とは対照的に、冬華は今にもスキップしだしそうなほど軽快な歩み。

 それは、今日の収入の他にも、自分の目標を達せられるという明確なゴールが見えてきたことにも関係がある……はず。


「ねぇ、冬華……」


 僕は一度足を止め、その場で彼女に口を開いた。

 僕の一声に反応して、冬華はクルリと振り返る。


「うん?」


 彼女の顔には喜色があふれていた。

 僕は申し訳なさを覚えながらも、続けて言葉を紡いでいく。


「冬華は、さ……この依頼を達成したら、報酬金で元の家を買い戻せるだろ?」

「えっと……うん」

「それでさ、その、家を買い戻す為に探索者になったわけだし、それが達成出来たら探索者を続ける理由もなくなるわけで……」


 僕はあまりに口が回らないこの現状に焦りを感じ始める。

 なにをどう言葉にすれば良いのか、頭の中がぐちゃぐちゃになりそう。


 それでも、いつかは……近いうちに絶対聞いておかなきゃいけなかったこと。

 ずっと考えてきたこと。

 いつかはこうなるとわかっていた。

 逃げるわけにはいかない。


 僕は僅かな勇気を振り絞って、彼女の瞳を覗いた。


 ――それは、艶やかな黒色だった。

 ピカピカに磨かれた黒曜石のような綺麗な黒。


 優しげな色を含んだ丸い瞳が、僕の視界に飛び込み、心臓を揺らす。


「この依頼が終わったら、探索者を止めるの?」

 そう、聞こうと思っていた。


 けれど、僕の口から出たのは、そんな半端な言葉ではなかった。


「――辞めないで」


 ほとんど無意識。

 慌てて口をつぐむも、彼女の耳にはもう届いていた。


 ならば、ここで抑える必要はもうない。


 全てをさらけ出してしまおう。

 自分の思うままを。

 僕の独りよがりなワガママを。


 スゥっと息を吸った。


「……この依頼が終わっても、探索者、辞めないでほしい。僕と一緒に、探索者を続けて欲しい。僕と、僕と一緒に、いて欲しい!」


 それは、僕の抱く、彼女への恋心と、寂寥感が起こした行動。

 痛む胸を押さえつけて、僕は叫んだ。


「奏くん……」


 彼女からしてみれば、突然の出来事だったろう。

 迷惑じゃあなかっただろうか。


 突然、僕の脳裏をそんな不安がよぎった。

 そして、その直後。

 フワリと花の香りが鼻孔をついた。


「私はまだ、探索者を止める気はありませんよ?」


 当たり前のように放たれたその、優しげな声、言葉に、僕の脳へ衝撃が走った。

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