【隠術】
鈍間な動きで、シルバーコングが鼻息荒く迫る。
目にうるさい銀毛を揺らし、握りこぶしを振り上げる――が、それは決して当たらない。
動きが遅いのであれば、回避することはもちろん、“液体化”が間に合わない、という事態がほぼなくなるのだ。
それはつまり、僕への攻撃は意味をなさないといつこと。
シルバーコングからしてみれば、僕は天敵だろう。
まあ、僕からすれば良いカモなわけだが。
僕はシルバーコングの攻撃を軽い動作で避けると、がら空きの背中に槍を突き立てる。
グチャリと、生々しい感覚で手を伝う。
けれど、僕はそれにも構わず肉を抉る。
シルバーコングも、ずっとやられっぱなしではない。
すぐに態勢を整えると、背後に陣取る僕へと振り向きざまに裏拳が飛ぶ。
ただ、やはりのろい。
これが重戦士系であれば、盾や鎧ごと体を吹き飛ばす威力を発揮できるのだろうが、お生憎、僕は“液体化”によってこの難を逃れる。
一瞬の間、体は水となり、そしてすぐに体は元に戻る。
僕はバックステップで一旦距離を取り、その隙に冬華のより猛攻が始まる。
まずは“氷礫弾”。
幾十という氷の弾丸が空を駆け、シルバーコングへと殺到する。
もちろんこれは避けることができずに直撃。
視線を冬華へ移すと小さくガッツポーズを取っているのが見えた……のだが、“氷礫弾”によるシルバーコングには目立った傷が見られなかった。
「――ちっ! 【銀毛硬化】ってやつか」
まさか、これほどまでの防御力とは。
上手く使われると厄介だ。
今のところ、シルバーコングの知能指数はそこまで高くないというのは分かっている。
故に、この能力を最大限まで上手く利用しきる、というのは無理だろう。
だが、こういう類の魔物は直感がエグいくらいに鋭い時がある。
やはり、そう上手くはいかないようだ。
――まあ、
「負ける気はしないけど……」
僕は一つ息を吐くと、新スキル【隠術】を発動。
それとともに、自分の存在感が希薄になっていくのを感じる。
そして、シルバーコングはいつのまにか消えた――実際には消えていないが――僕という存在に困惑を隠せない様子。
周囲に視線を巡らせ、苛立たしげに地面を足踏みする。
その度に地面が揺れるような振動に襲われるが、それ自体に意味はない。
僕は誰にも自分の存在が気づかれない、というこの状況に楽しみながらすり足でシルバーコングへと向かう。
彼我の距離は、十メートル強。
一歩、二歩、三歩、と続けていくうちに、ついに僕とシルバーコングの距離はなくなる。
ゼロ距離だ。
もし、ここで【隠術】を解けば、僕は殴り飛ばされる自信がある。
だが、それをしない限り……僕は一方的に攻撃を仕掛けることができる。
もう、シルバーコングのターンは来ない。
ここからはずっと、僕のターンだ。
腰を落とし、槍を構えて柄を強く握る。
腰を捻り、重心移動。
渾身の一撃を――心臓に。
鋭い刺突。
それは、シルバーコングの心臓部へと突き刺さり、しかし、それでもこの魔物は倒れなかった。
ゴフッと、口から血を吐き出し、体は痙攣。
だというのに、目から光は消えていない。
見えないはずの僕へ、敵意を剥き出しにして、次の瞬間。
シルバーコングの身体が、銀色の光を放った。
目を焼くほどに強烈な、銀の光だ。
僕は瞬時に、これがシルバーコングのもう一つのスキル【銀光】だ、と察した。
強力なスキル、というわけではない。
だが、この場においては厄介だった。
あともう一息というところで、邪魔が入ってしまった。
とはいえ、だ。
これで、シルバーコングの手札は全て出揃った。
もう、怖いところは一つもない。
ただでさえ致命傷を負っているこの状況。
ここから僕たちが負ける未来は見えない。
もちろん、油断するわけではないが、僕たちの勝利まであと少しだというのは疑いようもない事実。
僕は【隠術】によって姿を隠したまま、もう一度攻撃を仕掛ける。
――ちなみにだが、僕がこの【隠術】を使っている間、冬華は攻撃をしない手はずになっている。もちろん、自身に危険があった時は別だが、僕の姿が見えないということは、つまり俗に言うフレンドリーをしてしまう危険性があるためだ。
今後、この問題についてはどうにかしようとは考えているが、今はまだこれでいい。
まあ、そういうこともあって、現状は実質僕とシルバーコングの一対一。
タイマンだ。
一昔前のヤンキーにとっては燃える展開だろう。
だがしかし、そんな燃える展開もすぐに終わりを迎えることになる。
黒光りする僕の脚が地面を蹴り、加速。
一度離れた距離は、すぐさま詰まる。
これだけの音を出せば、普通は気づかれて対処される。
でも、今は状況が違う。
シルバーコングは死に体だ。
健常時でさえ、あの鈍重な体は、血を流しすぎた今、さらにさらに重く感じているはず。
であれば、僕の攻撃を躱せるはずもなく――
グチャリ。
ゴリッ。
血肉を貫く音。
骨を砕く音が響きわたる。
僕の槍が、シルバーコングの顔面を貫いた音だ。
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