銀色ゴリラ

 あれから数日が経った。


 新たなスキルを手に入れたことで、攻略は予想よりも遥かに早く進み、現在僕たちは十九階層フロアボス部屋。その前まで来ていた。


 煌びやかで、華やかな装飾の施された、重厚感のある扉。

 毎度思うが、なぜボス部屋の扉はこうも無駄に凝っているのか。


 僕は些細な疑問に首をひねり、そして、扉を押す。

 ガコッという重厚な音のあと、ゆっくりと扉は開き、その向こう側が僕らの視界に飛び込んでくる。


 まず目に入ったのは、ボス部屋の中央に堂々と佇む、一体の猿――いいや、あの巨体、あのアホヅラ、ゴリラと呼ぶのが相応しいかもしれない。

 しかし、その顔に反して、毛は神々しいまでの銀色に輝き、さらに、凶悪なほどつり上がった瞳も銀色。


 そこにいるだけで威圧感を与える、そんな風貌。


 ドアの開閉音に気づいた銀ゴリラの視線は僕たちを貫く。


 ビクリ。


 体が一瞬硬直した。

 しかし、それはほんの一瞬。

 僕はすぐに態勢を整え、背中に携えた槍を構える。


 その間、冬華は僕の背後に下がって【鑑定板】を顕現。

 全身銀色のゴリラのステータスを覗き見る。


 ――ステータス


 名前:シルバーコング

 Lv.38

 《個体能力》

【銀光】

【銀毛硬化】


 ――



 僕たちと銀ゴリラの距離はまだ遠い。

 冬華は視線をそらさず、そのまま僕に鑑定結果を伝えた。


「なるほどね……レベル的には僕たちと大差はない。【銀毛硬化】っていうのは、文字通りあの毛を硬くするものなんだろうけど、【銀光】っていうのは、ちょっとよく分からないね……」

「能力が未確認である以上、慎重にいきましょう」


 冬華が、【鑑定板】を虚空に消し去り、腰に差した短剣を抜く。

 次いで、僕は“黒鬼化”を起動。


 身体中が黒に染まり、心臓の鼓動と連動して力が溢れ出る。

 それに伴い、銀ゴリラ――もとい、シルバーコングの意識が僕に集まっているのを感じる。


 これは好都合。

 今のうちに僕へ集中させておけば、冬華はさらに動きやすくなる。


 僕はさらにシルバーコングのヘイトを集めるため、ゆっくり、ゆっくりと冬華を背後に隠しながら距離を詰める。

 自然、シルバーコングは戦闘態勢に入る。


 僕を自らの脅かす敵として認識しているのか、警戒の色が強い。

 ボクシングでもするかのように、脇を締め、左手を前、右腕を後ろにした、妙に堂に入った構え。


 隆起した筋肉はそれだけで僕を警戒させる。

 おそらくだが、一撃の重さは相当なもの。


 “液体化”が間に合わなかった場合、“適応”しきれるかは微妙なところ。

 ダメージを食らったとしても“再生”での回復は可能だが、出来れば直撃は避けたい。


 どうにかなるとは言っても、痛いことには変わりはないし、避けられるに越したことはない。


 そしてしばし、僕とシルバーコングの睨み合いが続く。


 開戦の火花が散ったのは、僕の背後――つまり、冬華の放った氷の柱がシルバーコングへと飛来したときだった。


「ゴアァァァァァァァア!!!」


 テラテラとした涎を纏った大口を開いて、耳のつんざくような咆哮が発せられた。

 それは、彼自身を鼓舞する意味合いがあったのだろう。


 その裂帛の気合いとともに、シルバーコングは冬華の放った氷柱を腰の入った右ストレートで殴り砕いた。

 それはまるで発泡スチロールでも殴っているのかというほど簡単に、だ。


 思わず頬が引き攣る。


 スキルレベル8の氷魔術だ。

 あれはサイクロプスですら破壊するのに苦戦してしまうほどの強度、硬度がある。

 サイクロプスはこのシルバーコングよりも数階層先の魔物。

 つまり、格上の筈だ。


 それが、冬華の【氷魔術】を砕いた。

 ということは……この魔物自体が突然変異、もしくは上位個体なのか。それとも、ただ単に筋力特化ということなのか。


 それは、いやでもこの後すぐに分かることだ。


 開戦の狼煙はもう上がっている。


 僕が思考の渦に飲み込まれようというその時、シルバーコングは動き始める。


 ドスンドスンと、体の半分は筋肉で出来ているのではないかというその巨体で、僕目掛けて突進する。


 しかし、これはなんというか……


「遅い」


 それも、圧倒的に。

 あの鈍重だと思っていたサイクロプスよりも、さらに数倍は遅い。


 なるほど、さっきの破壊力はスピードを犠牲にした筋肉が原因だったようだ。


 それなら、怖いものなどない。

 パワーだけしか取り柄のないゴリラなぞ、今の僕たちにとっててきじゃない。

 なにせ、当たらなければいいだけなのだから。


 僕は、頭の中で出来上がった己の策に圧倒的な勝機を見いだし、酷薄に笑った。

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