命名

「決めました!」


 魔物一匹の気配もない、静かなダンジョン、その第十九階層にて、冬華の美麗な声が響き渡る。

 彼女は、数分間、うーんと頭を悩ませ続け、自らの肩に乗る薄水色の小さな精霊の名前を考えていたのだ。


「この子の名前は――アオちゃんです!」


 自信満々に、威勢良く張り上げられた声。

 どうだ! と言わんばかりに胸を張る冬華。


 僕は忘れていたのだ。

 彼女には、絶望的なまでにネーミングセンスがないことを。


 パーティ名を考える時もそうだったろうに。

 最終的にいい名前を考えついた冬華だったが、最初はもうひどいものだった。


 でもまあ、あの時に比べれば遥かにマシな名前ではある。


「えーっと、なんでアオって名前にしたの?」

「なんでって……だってこの子、青いじゃないですか」


 沈黙が流れる。


「……え、それだけ?」

「? はい、そうですけど」


 数分間の時間を要して考えたとは思えないほどに、名付けの由来は単純だった。

 僕の問いに疑問符を浮かべ、そのあとで、ニコニコとした笑顔で肩に乗る精霊に手を伸ばす。


「あなたの名前は、今日からアオね」

「くるる」


 精霊を肩から手のひらに移動させ、彼女はにこやかに言い放った。

 そして、それに対する精霊の答えはというと――満面の笑みでの首肯。


 どうやらご満悦の様子。

 僕としては単調なネーミング。

 でも、彼女たちからすると、そうではないらしい。


 ここで、僕が「それはダメだ」なんてことを言えるわけもなく、冬華の守護精霊の名前は今日付けで“アオ”となった。



 ◆



 さて、冬華の召喚した精霊――アオの命名が終わると、次はようやく探索に進むことができる。


 フォーメーションはいつも通り、僕が前衛で冬華が後衛。そして、アオが冬華の補佐という形になる……のだが。


 冬華が――というか、アオの補助を受けた冬華の攻撃が強すぎて僕の出番がない。


 アオの持っていたスキルのうちの一つ、【魔術強化】。

 これによって強化を施された冬華の【氷魔術】が強すぎたのだ。


 ドォン、と大型車両を超高速で突進させたような衝撃音とともに、エンカウントする魔物をことごとく圧殺していくのだからたまったもんじゃない。


 僕も新しいスキルを手に入れ、さらに今日はちゃんと槍も持った状態で戦えるのだと、張りきっていたところで、これだ。

 正直、消化不良。


 冬華とアオの合わせ技は、べつに、悪いものじゃない。

 むしろ、大幅な成長と言える。


 これのおかげで探索スピードも格段に上がったし、楽になった。

 だが、このままだと僕の存在意義がなくなる。


 それに、戦闘勘が鈍って仕方がない。


「ねえ、冬華。次は僕にやらせてくれないか」


 僕は探索スピードが少しばかり遅くなることは承知で冬華に願い出た。


「分かりました」


 無理を承知でのことだったのだが、冬華はあっさりと僕の提案を受諾した。


 なんで、と口を出そうになったところで、察する。


 ――そうだ、冬華といえど、魔術は無制限に使えるわけじゃないんだ。


 必ず、魔力には底がある。

 今の冬華は【氷魔術】のスキルレベルも上昇したことで、火力は十分。

 レベルも上がり、魔力が増えたことで、【氷魔術】だけを少しずつ使って行く分には魔力切れの心配はいらない。


 しかし、【守護精霊】と【氷魔術】の併用となれば、魔力の消費は大きくなるのは当然だ。

 さっきまでは、新しい力に興奮して魔力の消耗速度を正しく認識できていなかったのだろうさ。


 この魔力消費の効率化は今後の課題であり、直さなければいけないところなのだが、今の僕はそれに安堵を覚えていた。


 これなら僕も、まだお荷物ではない、と。

 醜く、浅ましい考えだ。

 本当に僕は、愚かしい。


 でも、それでも僕は、みっともなくても、彼女の、冬華の隣にいたいんだ。


 僕は、非力な手で槍を掴み、魔物へ向かう。

 己の弱さをかき消すように。

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