守護精霊

 翌日、早朝。


 いつもより少し早い時間、もうすでに僕たちはダンジョンの中にいた。


「それじゃあ、いきますよ……」


 冬華が静かに口を開いた。


 対して僕は一歩離れた場所で、彼女の後ろ姿を眺めながら、周囲の警戒を続ける。


「……【守護精霊】、召喚」


 瞑想。

 沈黙。

 そして、集中。


 しばらくの静寂の後、起動句が告げられる。

 瞬間、眼前がピカッという擬音でもつきそうなほどの極光に覆われた。


 熱に焼かれそうな光から咄嗟に瞼を閉じることで目を守り、そして――


 瞼を開けた時、冬華の目の前に、浮遊する薄水色の小人がいた。


「これが、精霊……?」


 見た目だけならば、間違っても頼りになりそうだとは思えない。

 だが、仮にも【守護精霊】というくらいだ。

 何か特別な力でもあるのだろう。


「くるるぅ?」


 守護精霊――薄水色の小人が小さく鳴いた。

 恐らくだが、人の言語を話せる訳ではないのだろう。


 しかし、その知能が人間に劣っていると考える断定することも出来ない。


 現に、小人の精霊は、自らを呼び出した召喚者が分かっているのか、つぶらな瞳で、冬華だけを見つめていた。

 そして、冬華もまた、自分の召喚した精霊に声も出ないほど目を奪われていた。


 厳かな空気が場に流れ、ついには僕も口を噤んだ。


 それから、一分だったか二分だったか、それとも十分か、短くも長い時間の中で、彼女らは視線を交差させ、まず口を開いたのは冬華だった。


「あなた……が、私の精霊さん?」


 絞り出したような声。

 それに反応して、精霊は大きく首を縦に振り、喜びを示すかのように、背中の小さな羽を羽ばたかせて冬華の肩に飛び移った。


 くるぅ、と猫なで声で冬華の頬にするよりながら、小さな精霊は満足そうな表情。


「か、可愛い……」


 小動物のような愛嬌のある仕草や容貌に、冬華は虜になってしまったようだ。

 ポツリとこぼした呟きは、僕の耳にも届いていた。


 まあ、彼女がそう思うのも仕方がない。

 僕も、客観的に見てこの精霊は愛らしいとは思う。


 けれど、今僕たちがいるのはダンジョン。

 それも、十九階層。

 冬華が精霊に夢中になってしまっている現状、僕まで注意をそらすわけにはいかなかった。


「か、奏くん、みてくださいよ。この子、すっごく可愛いですよ!」


 軽く興奮状態に陥りながら、冬華は僕へと精霊を差し出す。

 かくいう小人の精霊は僕を不思議そうに眺めるだけで、あまり反応はない。

 冬華の時とは大違いだな。

 これが、召喚主とそうでないものとの差なのかもしれない。


 僕は、目の前にいる小さな精霊を撫でくりまわしたい欲求をねじ伏せ、飲み込み、苦笑しながら横に首を振った。


「それよりも、ちょっと鑑定してみてもいいかな?」

「え、あ……えっと、ちょっと待ってください。聞いてみますね」


 一度、冬華は僕に背を向け、精霊に話しかけ始めた。

 どうやら意思の疎通は出来ているらしく、可愛らしい鳴き声が聞こえてくる。


「大丈夫みたいです!」


 しばらくの応答の後で、冬華からの許可が出た。

 それに伴って、僕は手元に【鑑定板】を顕現させる。


 そして、これが冬華の召喚した精霊のステータス。


 ――ステータス


 名前:未設定

 年齢:――

 Lv.1

 《スキル》

【氷魔術】Lv.1

【水魔術】Lv.1

【魔術強化】Lv.1

【防壁】Lv.1

【憑依】Lv.1


 SP:2

 ――


 これは想定外だったことだが、この精霊、最初からスキル枠が全て埋まっているらしい。

 だが、みた限りでは強力そうなスキルばかり。

 欠点は見当たらない。


 ただ気になるするとしては【憑依】というやつだが、具体的にどんなものかはよくわからない。

 これについては、おいおい調べていくしかないだろう。


 そして、もっとも重要なのが――


「名前が未設定ってことは、今は名前がないってこと、だよね?」

「たぶんそう、だと思います」


 冬華は僕の言葉に同意するように頷き、無名の精霊に視線を移した。


「じゃ、じゃあ、私がこの子の名前、決めていいですか?」


 新しいペットの名前を付けるようなワクワクした声音で、彼女は僕に尋ねた。

 まあ、反対する理由もない。


「召喚主は冬華なんだから、いいんじゃないかな? それに、この子もそれを望んでいるみたいだし」


 薄水色の精霊は、自らのにつけられる名前と聞いて、熱のある、期待のこもった瞳で、冬華を見つめる。


「こういう場合、どういう名前がいいんでしょうか? やっぱり可愛い感じ……ですよね?」


 うーん、と頭を悩ませる冬華。

 対して僕は、少しばかり気になったことがある。


「そもそも、この子って性別はあるのか?」


 と。

 しかし、冬華はこれに一片の迷いもなく答えた。


「え、女の子ですよ?」


 まるで、当たり前でしょう。とでも言いたげに。

 頬を優しい所作で撫でながら、彼女はまた名付けの思考に没頭する。

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