二十階層

「お疲れ様です」


 冬華が、シルバーコングの血に染まった僕をねぎらう。

 対して僕は、足下に転がる魔石とドロップ品である銀色の体毛を拾い上げ、軽く返答。


「フロアボスは倒したけど、どうする? 今日はここで引き上げる?」


 僕はついでとばかりに冬華へと問いかけた。


 正直体力の消耗はそこまででもないし、僕としてはこのまま進んでもいいのだが、彼女はどうか、というのはやはり聞いておかなければいけないだろう。


 果たして、その冬華はというと、少しの間思案していたようだが、結論が出るのは早かった。


「……このまま進みましょう。時間が惜しいですし、それに、次の階層がどういう風になっているのかってことくらいは私も把握しておきたいので」

「了解。じゃあ、少し休憩したら行こうか」


 僕と冬華はボス部屋の壁に背をもたれ掛け、しばしの休息。

 消耗は少ないとはいってもゼロではない。


 わずかに蓄積された疲労を取り除くため、この安全な空間で体を休ませる。




「もうそろそろ行こう」

「あ、はい。分かりました」


 十数分の休憩の後、僕たちは立ち上がった。


「二十階層って、たしか……罠が多いんでしたよね?」

「うん、情報通りなら、そのはず。魔物は他の階層とくらべると少ないらしいけど、詳しい対比までは分からないから、そこらへんは調べながら行こう」


 次の階層へと繋がる階段を上る。

 辺りは壁の発光おかげで光源の心配はいらないが、もしここで魔物が襲撃してきたら……なんてことを考えるとぞっとしない。


 今まではそんなことは無かったし、ギルドでもそういった事例は聞かないが、万が一にもそんなことが起きようものなら、対処は難しいだろう。

 なにせ、この狭い階段では僕の槍も思ったように使えないだろうし、戦いにくいことこの上ないということは考えるまでもないのだから。



 まあ結局、そんなことは起きることなく、僕たちは次なるステージ――二十階層へと足を踏み入れた。


 別に何か変わった様子があるわけではない。

 だが、僕が仕入れた情報が正しいのならば……


「この先十メートル……たぶんあそこらへんに落とし穴があるみたいだね」


 そう言って、僕は少し先の地面を指差した。

 よくよくみれば、地面の色が少しだけ違うことに気がつく。


 それは、本当に注意して見なければ分からないくらいには巧妙に隠してあった。

 僕たちも、事前に仕入れた情報がなければほぼ間違いなくかかっていたことだろう。


 この落とし穴は最初の罠ということもあるのか、そこまでの深さがあるわけでもなく、落ちたとしても自力で上がって来れる程度であるらしい。

 まあ、着地の時に足が捻ったりだとかの弊害があって怪我をすることもあるかも知れないが、基本的にはここでリタイア、ということはないのだと。


 とはいえ、わざわざ落とし穴に引っかかってやる義理もない。

 僕たちは落とし穴が掘られている場所を上手く飛び越え、先を行く。


 その後も、アホみたいな量の罠が見つかる見つかる。

 中にはバレバレな、それこそ初見で、情報なんぞ持っていなくても気づくようものがあったりもしたが、反対に情報が無かったら絶対に分からないようなものもあった。


 さらに種類にもことかかない。


 最初に発見した落とし穴に地雷、トラバサミ、落石や閃光などなど。


 とにかくいくつもの罠があるわけだが……今、僕たちは一方通行のこの道をどう渡ろうかと検討していた。


「ここに罠があるんですよね?」

「ああ、たぶんね。でも……ここを通ろうとしたら、絶対に罠には引っかかるんだよね」


 そう、これがいやらしかった。

 他の道はなく、先に進むにはこの道を進む以外に選択肢はない。

 だというのに、この道には大規模な罠が仕掛けられている。

 それこそ、回避する手段がないくらいの規模。


 効果は――魔物の召喚。


 この道に足を踏み入れた瞬間、辺り一面から魔物が現れるというもの。

 その数までは明記されていないが、文面から恐らく相当に多いのだろうとあたりをつける。


「はあ、しょうがない。ここは通らない訳にはいかないし……腹を括ろう」


 僕は背中に担いだ槍を手に持ち、さらに“黒鬼化”。

 僕の隣に立つ冬華はやる気満々といった様子で、短剣を構え、もうすでに【守護精霊】――アオを召喚していた。



 アオの「くるるぅ」という可愛らしい鳴き声が響く中、僕たちは罠である一本道に一歩踏み込む。


 途端、青い極光が全面を覆う。

 突如襲った強烈な光に耐えきれずに目を瞑り、そして瞳が視界を確保した時――目の前には通路を埋めつくさんとするほどの魔物の群れで溢れかえっていた。

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