依頼

「じ、重要な話というのは……?」

「まあ、一つは聞いているだろうけど、君たちに用意する特別報酬についてだ」


 九童さん、もといギルマスは、あらかじめ用意してあったのか、ソファの下から銀色のアタッシュケースを取り出した。


「これについては、勝手ながら私たちの方で決めさせてもらった。まあ、悪いものじゃあないから、安心して受け取ってくれ」


 アタッシュケースに付けられたロックを解除し、ニヤリと笑うと、ギルマスはゆっくり開く。


 アタッシュケースの中に入っていたのは、二つのカード。

 それは、あのスキルカードによく似ていた。


「これは……スキルカード、ですか?」


 すかさず冬華が問いかける。


 もちろん、俺も彼女も、ここで無闇にカードに手をつけるようなことはしない。


「ああ、そうだ。でも、こいつは普通のスキルカードとは少し違う」

「……どういうことですか?」


 見た限りでは変わりなんてないと思うのだが。

 そう思考する僕をよそに、ギルマスは語り出す。


「これは、どんなスキルが手に入るのか分からないんだ。普通、スキルカードっていうのは、どういうスキルが使えるようになるのかが分かるものだろう? だが、こいつは分からん。どれだけ調べても分からなかった」

「それって、大丈夫なんですか?」


 これで、探索に使えもしないようなクズスキルなんかだった場合、五つしかないスキル枠が潰される。そうなれば、取り返しのつかないことになると思うのだが。


「問題ないよ。うちの優秀な鑑定系スキル持ちが精査した結果、レア度が高く、かつ強力なスキルがランダムで手に入るものだということが判明している。安心して使ってくれ」

「……まあ、そういうことでしたら」


 冬華からしてみれば、現金でももらった方がよっぽど良かったのだろうけど……。


 そう思って冬華へと視線を向けると、予想外にも、興味津々といった表情でスキルカードを眺めていた。


「……? ど、どうしました?」


 僕の視線に気づいた彼女は、困惑の色を見せて首を傾げた。


「ああ、いや、なんでもないよ。なんでも」


 僕は動揺から、咄嗟に目をそらし、視線をスキルカードへと戻した。


「ええっと、それで、二つ目の要件っていうのは、どういったものなのでしょうか?」


 僕は話を戻そうと、ギルマスに話しかける。

 ギルマスは、銀のアタッシュケースを僕たちに渡すと、一度立ち上がり、デスクの引き出しから一枚の紙を取り出した。


「まずはこれを見てくれ」


 そう言って渡された、紙にはこう記述されていた。


 ――


 依頼書


 ダンジョンの二十階層、そのフロアボスからドロップするという宝石を取ってきてくれ。


 報酬は一億円まで用意がある。


 ――


「これは?」

「見てわかる通り、依頼書だ。宝石集めが趣味っていうお偉いさんがいてね。頼まれたんだ」


「これが中間管理職の嫌なところだ」と、どこか疲れたように、ギルマスは再びソファに座り込む。


「でもこれ、僕らがやる意味ってあります? 二十階層のフロアボスからのドロップなんですよね? 僕たち、十九階層のボス討伐もまだなんですけど」

「それは知っている。こっちも、自衛隊やらを動かせれば良かったんだが、公的機関の私的利用は流石に無理があってね……そうなると、探索者の中で一番攻略の進んでいる君たちに頼むしかなかったんだ」


 それに、と、ギルマスは続けて言葉を紡ぐ。


「報酬は結構魅力的だと思うが? 確か、白月さん、だったかな? 君はお金が必要なんだろう。だったら、なおさらこの依頼は受けておいて損はない。それに、二十階層フロアボスの討伐はいずれ通る道。宝石自体に興味がないのなら、受けない理由こそないだろう?」


 なぜ冬華の、そんな個人的な情報を知っているのかということはさて置き、彼の言うことは、たしかにその通りだった。

 僕の知る情報の通りなら、ギルドで宝石を売却したとして、その売値は高額ではあるが、一億には届かない。


 そのぶん、僕たちに利益はある。

 利益はあるが……


「その……依頼の期間は、どれくらいです?」

「一月」


 短く返されたその言葉に、僕は息が詰まった。


「一ヶ月、ですか……」


 これまでの傾向からするに、出来ない、ということはないだろう。

 ただ、やはり難しい。


 安全面を考慮すると、もう少しゆっくり行きたいところだったが、ちょっとの無理くらいは許容するか。


「引き受けて、くれるかな?」

「……分かりました」


 僕は、一瞬の逡巡、冬華とのアイコンタクトののちに、結論を出した。


「その依頼、僕たちが引き受けます」

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